テーマ: 「Project-based Learning (PBL) を使ったグリーン経済時代のプロジェクト構想化
- -- システム理論の使いやすい応用テンプレート」
・・・ 田中 弘 (PMAJ初代理事長)
(「P-SE懇談会」では、システムズエンジニアリング(システム理論)の議論が継続されています。今回は、関連テーマとして、システム理論を応用した、グリーン経済時代のプロジェクト構想化に役立つ演習テンプレートと使用例をご紹介します。)
グリーン経済とは、環境問題に伴うリスクや生態系の損失を低減させつつ、人々の生活の質を向上させ、社会の不平等を解消するための経済のあり方を指します。具体的には、自然エネルギーの利用促進、環境配慮型技術の開発、資源の効率的な利用、環境関連産業の育成などが含まれます(アジア開発銀行、他)。
グリーン経済におけるプロジェクトの創出には、システムズエンジニアリングを活用し、伝統的なプロジェクトマネジメントのフレームワークを用いた従来の手法とは異なり、P2Mが提唱するゼロベースの発想も取り入れた柔軟なプロジェクト創出が求められます。
この課題解決の一助として、筆者が20年来実践しているProject-based Learning(PBL)授業・研修の演習部分で使用しているテンプレートと、実際の研修生の利用例についてご紹介します。このテンプレートは、システム理論のソフトシステムズ・アプローチを応用したものです。
トピックス
・グリーン経済プロジェクトの特徴
・グリーン経済プロジェクトに必要なソフトシステムズ・アプローチ
・PBL (Project-based Learning)
・実践的プロジェクト構想化演習テンプレート(田中モデル)
・テンプレート・フレームワークと使用例
・本テンプレートの限界
・意見交換
<配布資料>
<講話・議論概要> 文責:岩下
<田中さん講話>
本日は、「Project-based Learning (PBL) を使ったグリーン経済時代のプロジェクト構想化」というテーマでお話します。これは岩下さんと佐藤さんで立ち上げられた「プロジェクトSE懇談会」の延長でもあります。
人によっては「システム理論は難しい」と、感じると思いますが、私の場合は「システム理論をいかに優しく教えるか」というのが、テーマの1つでもあります。
本日は、以下の順に進めさせていただきます。
1.「グリーン経済」
2.「PBL(Project Based Learning)」
3.P2Mの課題と「実践者の視点」
PMの標準であるP2Mは、深い知見を持つ専門家には非常に有効なものですが、一般の方には難解で重すぎるという課題があります。そこで、2002年にフランスの大学院で客員教授を務めることになった際、「PMをPBL形式で教えてほしい」という依頼を受けました。これに応えるため、私はP2Mを基盤としつつ、「実践者の視点」を加えて、より分かりやすく教えるためのモデルを構築しました。以来、このモデルを様々な場で実践してきており、本日はその際に用いるテンプレートと実際の使用例をご紹介します。
4.さらなる考察とディスカッション
このテンプレートを用いたプロジェクト構想化のフレームワークについて触れ、その限界についても議論したいと思います。
1.グリーン経済プロジェクト
現在の日本をはじめとする先進国では、GDPの7割以上を第三次産業であるサービス産業が占めています。これは、移行経済にある国々でも約60%を占める状況です。このような背景から、製造業における「プロダクトアウト」(製品先行型)のアプローチでは不十分だと考えています。「マーケットイン」(市場ニーズ先行型)の視点を取り入れると、現在はグリーン経済が中心です。したがって、このグリーン経済の中でプロジェクトマネジメントがどうあるべきか、そのモデルを構築する必要があると考えています。
グリーン経済とプロジェクトの特徴
現代の企業活動には多かれ少なかれグリーンな要素が含まれています。グリーン経済は以下の点を重視します。
・自然エネルギーの利用促進
・環境配慮型技術の開発と利用
・資源の効率的な使用
・環境関連産業の育成
さらに、大きな課題として特に女性のエンパワーメントが挙げられます。
グリーン経済プロジェクトのシステムと手法
グリーン経済プロジェクトは、システム的な視点から見ると特徴があります。
システムという点では、「物を作る」要素が残るため、従来のシステム開発で培われたハードシステムアプローチが必要です。加えて、ソフトウェアやサービスといった要素の割合が高まっているため、ソフトシステムアプローチも不可欠です。グリーン経済プロジェクトでは、従来のハードウェア思考のプロジェクト統合手法をそのまま適用することはできません。そのため、ソフトなグリーン経済に対応した新たなプロジェクト構想化が必要となります。
プロジェクト構想化の重要性
グローバルなプロジェクトマネジメント(PM)スタンダードには、プロジェクトの「構想化」プロセスが不足しているという課題があります。例えば、PMIのPMBOKガイドには「プロジェクトイニシエーション」という段階がありますが、これはあくまで手順としての始まりを示すものであり、多くの人が求めている「どのようにプロジェクトを生み出すか」という構想段階については触れられていません。
また、日本発のP2M は、世界で初めてプログラムマネジメントというコンセプトをスタンダードに取り入れた点は画期的でした。しかし、その後の具体的な手法や、構想からプロセスを構築する部分が不足しています。特にグリーン経済のような分野では、既存の枠にとらわれずゼロベースでプロジェクトを構想する「構想化」の必要性が非常に高まっています。
今回は、グリーン経済プロジェクトに必要なソフトシステムアプローチについてお話しします。
まず、「システムとは何か」という点ですが、P2Mの第2版では、以下のように定義されています。複数の要素(エレメント)をつなぎ合わせ、特定の目的、例えばイノベーション創出や競争力強化といった目的を達成するための繋がりを作り上げること、とされています。
プロジェクトと社会システム
プロジェクトには、閉鎖システムとオープンシステムの2種類がありますが、ほとんどのプロジェクト(約95%)はオープンシステムであり、他のシステムとの共存なくしては成り立ちません。突き詰めて「プロジェクトとは何か」というと、それは社会システムのある断面(クロスセクション)の状態移行 といえます。ほとんどのプロジェクトは、特定の高い目的を積極的に追求するものです。しかし、時には逆のケースもあります。システムが存続の危機に瀕している場合、その危機を乗り越えるため、あるいは自己を保存するために、まるで自己保存本能が起動したかのようにプロジェクトが立ち上がることがあります。この本では、そのようなシステムの「状態」がプロジェクトを生み出すということをお伝えしています。
プロジェクトリーダーシップへの再定義と焦点の転換
EU発の世界プロジェクトマネジメント協会であるIPMAは、そして私もかなり同感なのですが、単なる「プロジェクトマネジメント」ではなく、「プロジェクトリーダーシップ」という言葉を使って、その概念の普及に取り組んでいます。これは、従来のプロジェクトマネジメントを再定義し、リフレームする試みです。伝統的なプロジェクトマネジメントは、国防、プラント建設、国土インフラ整備といった分野で発展してきました。しかし、これらの分野のプレイヤーは全体のごく一部(おそらく5%未満)に過ぎません。
現代のプロジェクトの主流は、IT関連やグリーン経済、環境関連へと大きくシフトしています。例えば、ドイツPM協会(GPM)は、自らを「グリーンPM協会」と称するほどです。また、アジャイルPM手法のような新しいアプローチも次々に生まれています。
構想段階への焦点移動
これまでのグローバルスタンダードにおけるプロジェクトマネジメントプロセスは、主に実施段階(プラント建設でいうEPC段階)に焦点が置かれていました。しかし、約50年間世界中でPMを教えてきた経験から、今の世界で私が本当に必要だと感じているのは、「いかにプロジェクトを創り出すか」という点です。伝統的プロジェクト分野でも構想は大変重要で、PMリサーチの結果でも、また、ベテランのプロジェクトマネジャーの声でも、産業プロジェクトのパフォーマンスの約8割は、構想段階(プロジェクト構想)とフロントエンドデザインの段階で決まると言われています。しかし、伝統的分野、例えば、石油・天然ガス、工場建設、国土インフラなどの分野では構想化の手順は確立してるのでよいのですが、それ以外の種類のプロジェクト、特に現下のイノベーション性が高いプロジェクトでは、構想化のプロセスは手探りの状況です。。そのため、私たちは教育や研修においても、このプロジェクトの構想化とフロントエンドデザインのフェーズに重点を置いています。
途上国へのPM普及とロシア・ウクライナでの取り組み
PM(プロジェクトマネジメント)に関して、私たちはある重要な転換期を迎えていると感じています。
先進国においては、すでに確立されたPM手法があるため、私たちP2M関係者が新たに教えようとしてもなかなか受け入れてもらえません。そこで焦点を当てているのが、開発途上国のPMを学ぼうとしている管理職者で、製造業が多いのですが、14位の業種からの経営者と各層のマネジャーです。現在、経済産業省傘下の協会がホストで2週間のP2M研修というプログラムを教えていますが、研修には5倍もの応募があるほどの盛況ぶりです。
また、ロシアとウクライナでもP2Mの関心は2001年にP2Mの初版が世に出て以来高く、現在推定両国で約2万人のP2M通がいると報告されています。旧PMCCの方々が最初に教え始め、その後私も指導にあたりましたが、一人で全てを教えきることは不可能でした。そこで考えたのが、ウクライナとロシアにそれぞれ3名程度の現地講師を育成し、その方々に現地の受講生を教えてもらうというスキームです。このような形で、私たちはP2Mの普及に取り組んでいます。
グリーン経済におけるシステムアプローチ
グリーン経済においては、「ソフトシステムアプローチ」が不可欠だと考えています。システムとは何か、そしてシステムアプローチがどのように適用されるのか、簡単にご説明します。
システムは大きく分けて「自然システム」と「人工システム」に分類できます。
自然システム:
自然システムの良い例は光合成です。食物連鎖も自然システムに近いですが、食品加工のような人為的なステップが入ると「準自然システム」に分類されます。
人工システム:
それ以外のシステムはすべて「人工システム」、いわゆる「マンマシーンシステム」です。
人工システムはさらに二つのタイプに分かれます。
ハードシステム::
伝統的なプロジェクトに見られるもので、計画、構想化、設計、調達、建設といったサイクルの下で人が作る物理的システムと人間系の活動のシステムが複合されているシステムを指します。システムエンジニアリングが主に活用されます。
ソフトシステム:
これは人間系の、競争力強化や社会福祉システムの構築など、より抽象的で人間に焦点を当てたシステムを指します。ここにソフトシステムズアプローチが適用されます。
現在のグリーン経済プロジェクトは、一部ハードシステムの部分も残っていますが、徐々にソフトシステムへの移行が進んでいます。
代表的なソフトシステムズアプローチ:SSM
ソフトシステムズアプローチの代表的なものとして、「SSM(Soft Systems Methodology)」を挙げたいと思います。これは1970年代中盤に、イギリスのラフボロー大学のチェックランド教授らが開発した手法です。
私がフランスの大学院で教えていた際、システム理論やシステムメソドロジーは必須科目で、イギリスから教授を招いて1週間かけて集中的に学びました。学生はゼロから始めて、与えられた命題に対するシステムソリューションを構築するのですが、その際にSSMを活用しました。
日本ではSSMの普及はそれほど進んでいませんが、実際に教えているコンサルタントもいるようです。SSMの大きな特徴は、マルチステークホルダーが参加する点です。行政の代表、当該分野の学識者、関係産業の代表、プロフェッショナルコンサルタント、そして受益者である一般市民の代表が一同に会し、円卓会議(ラウンドテーブル)で様々な案を出し合います。それらの案をシステムとして展開し、具体的なソリューションを導き出すのがこの手法です。
もう一つのソフトシステムズアプローチは、「ダイナミックシステムズメソドロジー (DSM - Dynamic Systems Methodology)」です。これは元々アメリカの産業界で活用されていましたが、私が所属していたリール経営大学院(現:SKEMA Business School)でも活発に研究・実践されていました。
DSMは、現在の技術、社会、経済、政治といった「初期状況」を変える必要がある、という問題意識から出発します。そして、システムのダイナミクスを活用し、期待される成果を導き出すことを目指します。
具体的には、まず初期状況を詳細に分析します。次に、ダイナミクスを起動させるためのマネジメントプロセスとして、以下の活動を行います。
生成・生産:不足しているものや必要なものを新たに作り出します。
問題点の削減:存在する問題点を特定し、減少させます。
制御:目的とする成果を出すために、物事を適切にコントロールします。
これらのプロセスを通じて成果を生み出していくのがDSMです。日本ではあまり行われていません。海外ではこれを使って教えてきた経験もあります。特に、発展途上国の開発問題に対して非常に有効な手段だと考えています。
このDSMを見て、「どこかで見たことがある」と感じる方もいるかもしれません。実は、これはP2Mで言うところの「As-Is(現状)からTo-Be(あるべき姿)モデル」の原型にあたります。一番下が現状(As-Is)で、一番上が目指すべき姿(To-Be)という構造です。
システム論の難しさとプロジェクトからのアプローチ
システム理論は一般的に難解だと感じられがちです。P2Mにおいてもかつてシステム論の項目がありましたが、その内容は曖昧でした。この曖昧さの原因は、プロジェクトマネジメント論やプログラムマネジメント論の中でシステムを扱う際に、システムとプロジェクトが表裏一体であることを十分に説明しきれていなかったことにあると考えています。プロジェクトの視点からシステムを説明できれば、もっと分かりやすくなるはずです。
2.プロジェクト構想化とPBL
どうすれば「プロジェクトはシステムである」という概念を一枚の図で分かりやすく表現できるでしょうか?システムを扱うプロジェクトマネジメント研修を、アクティブラーニング(PBL: Project-Based Learning)で実施するにはどうすれば良いでしょうか?そして、これらを統合したプロジェクト構想化のテンプレートがあれば、さらに理解が深まるでしょう。
P2Mがせっかく良いことを提唱していても、このままでは消化不良になってしまうという問題意識がありました。そこで私がきっかけとなって作成したのが、本日のメインテーマである「PBLを使ったP2Mのプロジェクト構想化フレームワーク」です。
私はプロジェクトを「幸福、価値、イノベーション、サステナビリティへと導くための変換システム」として教えています。変換システムであるプロジェクトコアは、投入された資源を変換し、具体的な産出成果を生み出します。この難しさを解決するため、「プロジェクトあるいはプログラムの固有ミッション」に立ち返ることが重要です。プログラムのミッションとは、積極的かつ簡潔に表現された大目的(あるいはグランドデザインとも言える)のステートメントで、ミッションは具体的で測定可能な目的や目標(KPIで評価されるべきもの)に変換され、同時にプロジェクトに課される制約も含まれます。これら三つの要素(目的、目標、制約)がプロジェクトの方向性を定めます。
また、プロジェクトは外部システムに依存していることも理解しておく必要があります。外部システムからは、プロジェクトへの有益な資源が得られますが、予期せぬ外部要因(外乱)が影響を及ぼす可能性も考慮しなければなりません。
PBL(Project-Based Learning)については、昨年8月に詳しくお話ししましたので、今回は主要な点だけ触れたいと思います。PBLは、プログラムベーストラーニングやアクティブラーニングと混同されがちですが、これはアメリカ発祥の、教育学に基づいた明確なプロジェクト実現手法です。プロジェクトマネジメントの観点から生まれたのではなく、「何か新しいことを行う=プロジェクト」という教育手法として始まりました。
PBLは、どのように理論を統合し、プロジェクトを構想し、実現へと結びつけるのか、という問いから発展しました。当初は小学校のアクティブラーニングとして始まりましたが、徐々に高等教育でも広く使われるようになりました。
PBLの最も成功した例として挙げられるのが、世界の名だたる工科大学が加盟する「CDIO」というアライアンスです。これは、「Conceive(構想化)」「Design(設計)」「Implement(実装)」「Operate(運営)」の頭文字を取ったもので、世界で約200校が参加しています。中でも、MIT(マサチューセッツ工科大学)とスウェーデンのチャルマース工科大学がその中心的な存在です。
CDIOアライアンスには、アジアのトップ大学も多数参加しています。中国では清華大学や北京大学などが、韓国ではソウル大学やKAISTなどが名を連ねています。しかし、日本の主要大学はほとんど参加していません。参加しているのは、金沢工業大学といくつかの高等専門学校のみです。CDIO加盟校では、学部教育の3年次まで工学の基礎を徹底的に教え込み、4年次にはCDIOのフレームワークに沿って学生が個人または少人数で、大学のアトリエ(工房)を使いながら実装まで行います。
欧米では、工学部のミッションとして「サステナビリティの構想化と工学的実装を支援すること」が非常に重要視されています。そのため、教授陣も実社会でのニーズに応じた工学教育ができるよう、象牙の塔から引っ張り出され、また、実業界から招かれることがあります。この取り組みは大学院ではなく学部教育で行われ、実際に大きな成果を上げています。
私は以前、イノベーション専攻修士課程長をしていたロシアの大学(モスクワ州立文理大学)を代表し、スウェーデンで開催されたCDIOの世界大会やや金沢工業大学で行われた世界大会に参加したことがあります。しかし、私のロシアの大学が理学部であったため、CDIOに参加することはできませんでした。CDIOは工学部の提携なので、理学部は受け入れられないという理由で拒否されたのです。確かに、日本では「理工学部」という括りがありますが、海外では「理学」と「工学」が明確に分かれています。
PBL(Project-Based Learning)とは
PBL(Project-Based Learning)は、私が日本のビジネススクールのシラバスに記している例を引用すると、その主な条件は以下の通りです。
チームで取り組むこと:個人での作業は認められません。
正解のない課題を解決する:あらかじめ正解が用意されている課題ではなく、チーム自身で課題を設定し、解決策を見つけ出します。より具体的に言うと、受講生は独自のプロジェクトテーマを決め、どうすれば創造的で実行可能なプロジェクトを構築できるかについて、受講生同士で話し合います。教授は、受講生からの要請があった場合にのみ介入します。チームは新たな知識を獲得しながら作業を進め、学習したことを総合してプロジェクトの構想をまとめ、まずクラス全員に発表します。
この発表では、様々な批評や改善点が指摘されます。それらを踏まえ、さらに実装を進めて完成度を高めていきます。
PBL導入の経緯
私がPBLを始めたきっかけは、2003年からフランスのリールにあるSKEMA Business School(当時の名称は異なります)でPMを教えることになったことです。2002年初年度にP2Mを愛するフランス人の副学長である担当教授がP2M科目を教えだしたのですが、私がPMAJ理事長に就任した際に、「PBL(Project-Based Learning)でP2M論を教えてほしい」という依頼を受けました。科目授業(2単位)です。引継ぎにあったように、修士課程と博士課程の学生55名全員に、300ページ以上あるP2Mの英語版テキストを2週間前に配布し、全て読んでくるように指示しました。
授業では学生を8グループに分け、各グループにテキストの特定章(例:第1グループは1章から2章まで)をP2Mの観点から勉強させ、発表を行わせました。この授業は2003年から2011年までリール本校、その後パリ校で、それぞれ4日間かけて実施しました。最初の2日間は、学生の発表とそれに対する全員での評価に充てました。
その後、私がプログラムマネジメントの部分を講義し、3日目の午後からは学生たちを4チームに分けて、それぞれ独自のプロジェクトテーマを設定させ、それを私が所与するPBLテンプレートに従い展開する作業に取り組みました。最終日は授業終了までの約2時間で、4チームがそれぞれ約20分間のプレゼンテーションを行い、全員で評価をしました。この大学院の授業用に開発したPBLテンプレートが本日紹介するプロジェクト構想化のテンプレートの原型となっています。
これまでのPBL(Project-Based Learning)の評価として、特にフランスでの成功体験が際立っています。フランスの大学院でPBLが成功する鍵となったのは、「均質的な集団」ではないことでした。例えば、私が担当したSKEMA Business School(当時の名称は異なります)では、プロジェクトマネジメント専攻、サプライチェーンマネジメント専攻、そしてMBA専攻といったように、異なる専門分野の学生が集まりました。さらに、学生の出身地もアジア(インド、中国)が半数を占め、その他にEU諸国、フランス語圏のアフリカ、中東、ラテンアメリカ、北米と、多様なバックグラウンドを持つ人々が集まったことで、知識、知恵、経験が複合し、非常にうまくいったのです。この大学院の授業用に開発したPBLテンプレートが
日本での事例としては、北陸先端科学技術大学院大学が挙げられます。ここでは外国人学生が半数以上を占め、出身国もアジア、アフリカと多岐にわたっていました。また、日本人学生向けに品川キャンパスでPBLを実施した際も、質の高い社会人学生が集まったため、これも成功しました。他に私立大学のビジネススクールと公立大学でもPBL授業を行い、成果がでています。
PBLの成果を5点満点で評価すると、学生が中心となって行った場合は最高で4.5点程度でしたが、社会人が行った場合は4.7点から4.9点という非常に高い成果が出ました。正直に申し上げると、あまりうまくいかなかった例もありました。
PBL(Project-Based Learning)の経験から、成功には参加者の多様性が不可欠だと感じています。日本人学生と中国人学生が半々で構成されたグループでは、良好な成果が得られました。しかし、ウクライナやロシアのグループでは、PMの知識は非常に高かったものの、プロジェクトの実践経験が少なく、多様性に欠けていたため、期待するような良い結果にはつながりませんでした。セネガルのグループはまずまずの成果でした。一方で、インドのグループもあまり良い成果は出ませんでした。これは、集団の均質性が高く、「金太郎飴」のような画一的な思考になりがちで、イノベーション思考に欠けていたためだと考えられます。
私が経験した中で最も成功したPBL(Project-Based Learning)の事例は、AOTS海外人材育成協会でのODA(政府公的援助)研修取り組みです。ここでは10日間の研修のうち、9日目に6時間のPBLワークショップを実施しました。研修の最初の8日間でプログラムマネジメントとプロジェクトマネジメントのモジュールを学び、3日目にはワークショップのオリエンテーションを行い、受講生は予習に励みます。そして最終日の6時間で仕上げに入ります。1グループは5名から6名で構成され、後述する日本語版のテンプレートを使って作業を進めさせました。
最後の90分で4チームが発表を行い、各チーム20分のプレゼンテーションに加え、質疑応答と講評に10分が充てられました。このPBLは非常に高い評価を得ており、平均評点は4.7点から4.9点でした。最近多くなった、インド人や他の南アジアからの研修生は5点満点をつけない傾向があるため、4.7点でも実質的には最高評価に近いです。
このPBLは、特に注目すべきは、その国際色豊かなチーム構成と最大14業種に及ぶ多様性です。1チームには西・南・東南・東アジア諸国(中国、韓国、シンガポールはODA対象外、中央アジアは対象であるが参加者がほぼ無し)、アフリカ、ラテンアメリカ、、そして中東(イラク、イランは対象だが、サウジアラビアやアブダビのような主要産油国は対象外)からの参加者が集まります。
3.実践的プロジェクト構想演習のテンプレート
プロジェクトの構想段階をサポートすることを目的とした実践的なプロジェクト構想演習のテンプレートについて説明します。このテンプレートの全体的なフレームワークはP2Mに基づいていますが、構想化の部分にはP2Mに具体的な事例が少ないため、これから紹介するいくつかの手法を組み合わせて作成しました。
2005年から2010年頃までは、ほぼP2Mに準拠した内容で実施していました。しかし、2010年代以降、(これは私の観察と感触ですが)世界的にプロジェクトマネジメント能力が低下し、プロジェクトの軽量化も始まりました。そこで、P2Mのメソッドの中には受講者にとって負担が大きすぎる思考方法があるため、一部を割愛し、より受講者にフレンドリーになるように工夫を凝らしました。2020年代に入ると、グリーン経済への意識が強まり、それに合わせた思考要素を取り入れ始めました。このテンプレートのオリジナルは英語版です。日本では、北陸先端科学技術大学院大学の品川東京校舎での日本人学生のみの授業のために日本版のフレームワークも作成しました。
プロジェクト構想化は、これまでプロジェクトマネジメントの標準には明記されておらず、一種のブラックボックスとして、暗黙のうちに行われてきた部分でした。
例えば、プラントや工場、社会インフラの建設といった分野では、業界内で確立されたルーティンがあり、構想化の焦点は主に建設地の選定などにありました。その都度、状況に応じた調整は行われていましたが、プロジェクトの本質的な構想化自体が大きな問題となることはあまりありませんでした。
しかし、現在では経済の約7割がサービスエコノミーやナレッジエコノミーへと移行しています。このような状況では、「いかにプロジェクトを創り出すか」という問いは、プロジェクトに携わる人々にとって非常に切実な課題となっています。
これは、プラントや工場建設の時代から言われてきたことですが、プロジェクトのパフォーマンスの約8割が実施段階以前、つまり構想化の段階で決まってしまうという事実が、改めて重要視されているのです。
プロジェクト構想化に焦点を当て、シンプルながらも役立つフレームワークを提供する必要性を感じました。昨年8月にもご紹介した図の再利用になりますが、構想化を3つの層に整理すると次のようになります。
第1層:フリーハンド構想 :
この段階では、あまり難しく考えず、図に頼ってアイデアを出していきます。具体的には、後ほど紹介するプロジェクト構想図や、SSM(ソフトシステムズメソドロジー)などでヨーロッパで広く使われているリッチピクチャーで、現状〈As-Is〉からあるべき姿〈To-Be〉を具体的に絵で表現するものです)を描いてみます。また、一般的なAs-Is/To-Be分析もここに含まれます。PMBOKガイドの第3版や第4版にも載っているビジネスモデルキャンバスも活用できます。
第2層:システムズアプローチ
ここでは、つながり理論を用いてシステムとして物事を考えてみます。
システムズエンジニアリングは、プラント業界で例えるならプロセスエンジニアリングに相当します。パワープラントの場合、メカニカルエンジニアがプロセスエンジニアであると重電メーカーの方に教わりました。(また中央アジアでは企業の業務プロセスを作る人をプロセスエンジニアと称するようですが、これはプロジェクトのプロセスではありません。)プラントにおけるプロセスエンジニアが化学工学のエンジニアであることは定説です。
皆さんはサービス分野のナレッジマネジメントをご存知かと思いますが、北陸先端科学技術大学院大学では現在、ナレッジサイエンスに取り組んでいます。これは、科学の知識のフレームワークを組み合わせて、いかに新しい知識、すなわち新しいイノベーションやサステナビリティのソリューションを創出するか、という考え方です。
そして、これをサービス経済に応用したのがサービスサイエンスです。北陸先端大で、私は隣で同僚の教授や学生たちがサービスサイエンスに取り組むのを目の当たりにしてきました。多くの学生がサービスサイエンスを専攻していることもあり、私もPM(プロジェクトマネジメント)を教える際には、このサービスサイエンス的なプロジェクトマネジメントを教えていました。
第3層:既存の手法を深く掘り下げて活用する段階
製造業の製品開発で広く使われる「QFD(品質機能展開図)」は、品質を起点に製品の機能構想を進める手法です。また、「フィッシュボーン分析(特性要因図)」も有効です。これは、石川馨先生が考案したことからヨーロッパでは「石川ダイアグラム」とも呼ばれ、問題の原因を体系的に洗い出すのに役立ちます。多くの方がご存知で、使った経験もあるでしょう。問題の原因の洗い出しではなく、逆に、イノベイティブなプロジェクト構想を魚頭として、構想実現に寄与する要素を骨ごとに洗い出すことも行われます。
発想を整理するツールとしては、「マインドマップ」があります。これは元々日本でKJF法(京大式カード法)として知られていたものを、より使いやすく科学的に発展させ、コンピュータツールでアイデアをまとめるものです。
さらに、「ビジネスエコシステム構築」も重要な手法です。現代では一社単独で成功することは難しく、独特の強みを持つ一社が核になり複数の企業や関係者を統合してビジネス・エコシステムを構築する動きが盛んです。これは、関係者間の連携を深めるための強力なツールとなります。
これらの手法を基礎として、具体的なテンプレートと使用例をご紹介していきます。
プロジェクトの初期段階で、漠然と議論するだけではなかなか進みません。まずは「ショッピングリスト」のように、プロジェクトの核心となるポイントを特定する必要があります。提示されたヒントを参考に、どのような点がプロジェクトにとって重要なのかを絞り込んでいくことで、考えをかなり具体化できます。
次に、議論を進める上で「この提案は誰に向けたものなのか?」そして「この提案をしているのは誰なのか?」を明確にします。これはリサーチでいう「分析単位(Unit of Analysis)」にあたります。ここが曖昧だと、効果的な提案にはなりません。
誰に向けた提案か?:自社の経営者、顧客、実施担当者、ソーシャルビジネスの受益者、あるいは一般大衆なのか。
提案しているのは誰か?:自社全体、特定の事業部、自分自身、少数グループ、それとも業界全体なのか。
これらの点を明らかにすることで、プロジェクトの方向性が定まります。
PM(プロジェクトマネジメント)には「熱い思い」が不可欠です。そもそも「なぜこのプロジェクトに取り組もうと思ったのか」という原点にある情熱を掘り起こしてもらうことが大切です。たとえば、現状のシステムがうまく機能していない場合、私たちの提案によってコストや納期を大幅に短縮できる可能性があります。
また、ナレッジサイエンスやデータサイエンス、いわゆるDX(デジタルトランスフォーメーション)を活用することで、新たなサービスモデルを提供することも可能です。
既存の製品、システム、あるいは産業全体が、革新的な(イノベイティブな)持続可能な(サステイナブルな)モデルを必要としている、という状況も考えられます。例えば、総合エンジニアリング産業も、10年後にはこれまでのような形で存続できるのかという問いに直面するかもしれません。客観的に見れば、そういった疑問が出てくる可能性は十分にあるでしょう。
気候変動の影響は年々顕著になっています。最近では一時的に状況が変化していますが、以前は気候変動対策の旗振り役と見なされていた欧州の主要石油企業でさえ、エナジートランジション(energy transition)の成果がなかなか上がらない中で昨年(2024年)から化石燃料回帰が始まったところで、ドナルド・トランプ大統領の「もっと掘れ」という発言があり、当面は化石燃料に投資する方向へと転換しました。米国、欧州のメガバンクに続き日本の三大メガバンクも同様に、再び化石燃料関連案件への投資を表明しています。
しかし、長期的視点で見れば、気候変動対策は絶対に必要であり、持続可能性(サステナビリティ)を重視した経済へと移行していくことは避けられません。
(田中追記:6月は南欧州で記録的な酷暑で3千名が死亡し、南米南部は記録的な極寒が記録されており、米国テキサス州では一瞬の川の大氾濫で200名以上の犠牲者を出していいます)
私たちはその移行をどのように実現していくか、その仕組みを考える必要があります。
DX(デジタルトランスフォーメーション)についても課題があります。現在のプロジェクトマネジメントの分野では、DXに関する解説ばかりが目立ち、「DXをプロジェクトマネジメントにどう活用するのか」という具体的な方策が、ツールの導入以外ではあまり示されていません。これでは、具体的な提案に結びつけることができません。
手っ取り早い構想化のフレームワークは、プロジェクト構想図を使うことで、その核となる「ミッション」を定めることです。そして、その構想の「ドライバー」(推進要因)と「機会」(リソースとなるもの)は何かを明確にしていきます。
例えば、昨年コロンビアのAOTS(海外人材育成協会)研修生が提案した、コロンビアでの衣料廃棄物のアップサイクルプロジェクトを例に挙げましょう。
ミッション: 「エコトゥーラテックス」(仮称の会社)という仮想の会社が、衣料廃棄物をリサイクルおよびアップサイクルして収益性のある製品を生産する施設を提案し、それによって地域の持続可能性に貢献し、女性の雇用を増やすこと。これは、産業育成と女性のエンパワーメントの両立を目指すものです。
ドライバー(推進要因):
現在、コロンビアにはこのようなモデルが存在しないこと。コロンビアはおしゃれな国であるにもかかわらず、衣料廃棄物が非常に多いこと。政府が廃棄物処分を減らし、循環型経済の構築を推進していること(ペトロ大統領の政策)。
機会(リソース):
大量の衣料廃棄物が存在すること。
他の国では既に同様のプロジェクトで成功実績があること。
リサイクル製品が「クール」(魅力的で流行っている)と認識されていること。
特に若い世代の間では古着などが流行しており、「クール」という価値観は重要です。
このように、ミッション、ドライバー、機会を明確にすることで、プロジェクトの大筋の構想が具体化されます。
岡山県立大学における地域貢献プロジェクト構想
もう一つの事例は、岡山県立大学の大学院生によるプロジェクト構想です。岡山県立大学には保健福祉、デザイン、システム工学の3つの学域があり、これらが連携することで時に素晴らしいアイデアが生まれます。
ここでは、「子育て支援とシニアのアクティブライフを両立させるメカニズムを大学内に構築する」という構想が生まれました。
ミッション:
岡山県立大学内に既存の子育て支援施設とプログラムを拡張し、児童とシニアの交流プラザを設置します。
ドライバー(推進要因):
地域では児童の核家族化が進み、児童ケアが課題となっていること。
アクティブなシニアの生活を支援する必要があること。地域には活動的なシニアが多く、その能力が十分に活用されていない現状があること。
学生や教員にとっても、チャイルドケアやシニアのアクティブライフ支援、低成長下での持続可能な社会モデル策定といった研究テーマに関心があること。
これらの課題やニーズを全て満たす仕組みを作ろう、という狙いです。
私が提案したのは、岡山県立大学が豊かな緑に恵まれ、農地もあることから、そこで自然農業などを展開するのも良いのではないか、ということでした。
フィッシュボーン分析による構想の具体化
次に、As-Is/To-Be分析についても触れますが、ここでは一旦置いておきます。先の構想は少し単純すぎるため、より具体的な道筋をつける必要があります。そこで、フィッシュボーン分析(特性要因図) を用いて、構想に肉付けをしていきます。コロンビアの事例を例に説明しましょう。
通常、フィッシュボーン分析は問題が発生した際にその根本原因を探るために使われますが、これを逆に応用することも可能です。最も右側に「イノベーティブなプロジェクト」を置き、そこに至るまでの要素を分解していきます。
具体的には、以下の項目を掘り下げていきます。
ビジネス目標は何か?
要素技術は何か?
構想の差異化価値要素は何か? (以前は「差別化」と呼んでいましたが、差別用語との指摘があったため「差異化価値」と表現しています。)
システム統合のポイントは何か?
動員するリソースと必要な機会は何か?
リスクは何か?
ここまで具体化することで、構想にかなり肉付けができます。
コロンビアの事例におけるビジネス目標としては、収入の確保はもちろんのこと、特に女性の雇用促進が挙げられます。さらに、地域GDPの増大も重要です。これは、コロンビアのボゴタ市のような一極集中ではなく、他の都市の経済発展にも目を向けることを意味します。
そして、差異化価値要素としては「グリーンイニシアティブであること」が挙げられます。また、「女性活躍社会とサステナビリティの公的な証明」も重要です。これは、政府が掲げるサステナビリティの目標を社会が実践し、実績を出すことにつながります。
構想化の深化:具体的なメカニズムとミッション記述
通常、構想化はここまでの段階で十分ですが、非常に優れたチームであれば、さらに具体的なメカニズムまで構築することもあります。ただ、一般的なチームにそこまで期待するのは無理があるので、前述の段階までで十分でしょう。
次に「ミッション記述」についてです。先ほど述べたように、図の真ん中にあるシステムのコア概念が、そのままミッションとなります。なぜミッションなのかというと、そもそもPMのミッションステートメントは、システムエンジニアリングから来ていると考えられます。アメリカのシステムエンジニアリングには「ミッションエンジニアリング」という概念があり、最初に「何を目指すのか」「何のためなのか」を明確にする必要がある、という考え方がその源流でしょう。
シニアマネジメントへの訴求力とミッションステートメントの作成
もう一つ重要なのは、提案をシニアマネジメントに売り込む必要があるという点です。顧客である自社のシニアマネジメントは、細かい部分まで検討せず、一目で理解できるようなステートメントを求めます。
ミッションステートメントは、実現可能なことプラス2割増しくらいの「できるかもしれない」範囲が良いでしょう。私が会社員時代に顧客向けのプロポーザルを作成していた際、上司から「できることの2割増しぐらいまでは大げさに言ってもいいよ」と言われたことがあります。それはチャレンジ目標です。しかし、「5割増しはダメだ。それはできないから、ひどい目に遭うぞ」とも言われました。このように、インパクトのあるステートメントを書くことが重要です。
ただし、最初の段階で完璧なステートメントを作成するのは難しいかもしれません。その場合は、まず大まかな点で合意を得てから、後でここに戻り、より洗練されたステートメントに磨き上げるというプロセスも可能です。
プロジェクトが創出する価値は、主に以下の4つのカテゴリーに分けられます。
アセット価値(資産価値): これは、お金を生み出す仕組みや具体的な資産を指します。
知識資産価値: 現在では、目に見える資産よりも知識の価値が優先されるという見方があります。知識資産は、うまく活用すれば今後10年、20年と長期にわたって価値を生み出し続ける可能性があるからです。
ステークホルダーの調和価値(ビジネスエコシステム価値): 以前は理解されにくかったこの概念も、今では「ビジネスエコシステム価値」と言えば非常に分かりやすくなりました。これは、一社単独で繁栄を追求できる時代ではなくなったことを意味します。多くの企業の知恵、知識、リソースを結合することで、共に勝ち組を目指すという価値です。
イノベーションの結晶価値/複合価値: そのプロジェクトを実施することで、どのような革新的な成果や複合的な価値が生まれるのか。これを、プロジェクトで具体的に記述してもらいます。
構想化の具体的なステップ:6W1HとAs-Is/To-Be分析
現在ではあまり使われない傾向にありますが、私たちはP2M初版の「6W1H」というフレームワークを使ってもらいます。テンプレートがあるので、それに沿って作業を進めてもらいます。
また、先ほど触れた「As-Is/To-Be分析」も重要なツールです。これは元々システムダイナミクスにおける初期状態とシステム変革の成果を、より分かりやすい形に落とし込んだものです。P2Mだけでなく、コンサルタントも利用することがあります。
As-Is/To-Be分析における注意点:ハードルの明確化
受講生が間違いやすいのは、As-Is/To-Beの図の中央にソリューションを書いてしまうことです。しかし、ここに書くべきはソリューションではなく、「何がハードルになっているのか」です。このハードルを明確にすることが非常に重要になります。
私が黙っていると、以前は7割もの受講生が間違っていました。最近はしつこく伝えるので、間違いは減りましたが、このハードルを具体的に記述させることは、受講生にとってかなりの難題です。どうしてもソリューションのような内容を半分書いてしまう傾向が見られます。
プロジェクト構想化の具体例:ペルーの研修生主導による霧収集→飲料水造成プロジェクト
プロジェクト構想化の具体例として、ペルーの研修生がリーダーを務めたAOTS(海外人材育成協会)のチームによる事例をご紹介します。
As-Is(現状)
アフリカの地域では慢性的な安全な水不足があり、特に高地であるため、その地理的制約を考慮した解決策が求められていました。本来であれば現状分析はここまでですが、ここでは一歩踏み込んで、解決策として「霧水収集および飲料水生産システムの構築」が可能かどうかも探りました。
To-Be(あるべき姿)
望ましい状態(To-Be)としては、霧網(フォグネット)を活用した雨水収集システムが地域社会に整備され、大気中から飲料水を確保できるようになることを目指しました。 (フォグネットは実際に存在する技術ですが、まだ費用が高いという課題があります。)
ハードル(課題)
このプロジェクトには、以下のようなハードルがありました。
管理技術とコスト: まだ費用が高く、技術的な壁があること。
法整備: 新しいことを導入しようとすると、往々にして法整備が必要となること。
地域住民の意識: 新たな水源確保に対する地域住民の意識が低く、「なんとかなるだろう」と考えている人が多いこと。
資金調達: プロジェクト実現のための資金調達が難しいこと。
プロジェクト構想化の具体例:コロンビアの医療廃棄物アップサイクル
先ほどのコロンビアの衣料廃棄物アップサイクルの例で、主要な要素はすでに説明しました。ここでは、そのプロジェクトが直面する具体的な「ハードル」について見ていきましょう。
このプロジェクトには、主に以下の課題があります。
資金調達と出資パートナーの確保が困難であること。
医療廃棄物のアップサイクルブランドを市場に確立するための地道な(ドブ板)戦略が必要であること。
各家庭に対し、使用済み医療廃棄物の分別・回収への根強い協力要請が必要であること。
リサイクル・アップサイクルされた医療製品をプレミアム価格で販売することについて、市民の理解と協力を得る必要があること。
この最後の点については、かつて再生紙が高価だった時期を考えると分かりやすいでしょう。当時は、持続可能な社会への移行に向けた先行投資として、官庁を中心に再生紙の使用が推進されました。これと同じようなアプローチが必要だと考えています。
日本における医療廃棄物リサイクルの取り組み
日本では、私が以前所属していた日揮(JGC)が、現在、横浜の北西部にある新興住宅地で、使用済み医療廃棄物のリサイクルモデルを構築しようとしています。
これは、いかにして住民から良質な使用済み衣料品を回収し、ポイント付与などのインセンティブを通じて、その回収を促進するか、という課題に取り組むものです。
ステークホルダー分析
ステークホルダー分析は、プロジェクトの成功に不可欠なプロセスです。様々な手法がありますが、ここでは主なものを紹介します。
一つは「ベンダイアグラム」を使った方法です。これは、ステークホルダー間の関係性を図で表し、その関係性の種類を明記します。例えば、協力関係、競合関係、あるいは圧力をかける関係なのか、お金の流れはどうなっているのか、有償か無償のサービスなのか、といった具体的な関係性を記述します。
もう一つは「テーブル形式」で、ステークホルダーを左端にリストアップし、彼らのプロジェクトへの関与形態(参加形式)や、そのステークホルダーがプロジェクトに何を期待しているのか(目的)を記述させるやり方です。
その他にも、ステークホルダーのエンゲージメント(関与度)を意識した多様なツールが存在します。ここでは一例として挙げましたが、皆さんが普段から馴染みのある方法でステークホルダー分析を行ってください。
プロジェクト実現手段とツールの選定
プロジェクトの実現手段やツールを検討する際には、いきなりすべてを提示するのではなく、段階的にアプローチすることが重要です。まず、大括りのツールとして、いわゆる「ショッピングリスト」のように、いくつかの選択肢を提示して研修者に取り掛かりの便を与えす。学生であると、あるいは経験の浅い社会人であると、安全志向でできるだけ多くにチェックマークを付ける傾向があり、これでは思考が甘くなるので、選択肢は3項目までに絞るように指導しています。
まず、一つ目の要素として「活用する工学や科学の分野」を挙げます。これには非常に多様な分野が含まれます。
社会基盤関連: 土木工学、社会基盤工学、都市工学、建築学
機械・電気・電子: 機械工学、電気工学、電子工学
素材・プロセス: 加工学、材料科学(マテリアルサイエンス)
生物・環境: バイオ工学、環境工学、サステナビリティ工学
情報・知識: 知識科学、サービスサイエンス、数理工学(これは昔から東大などにありました)
現代の潮流: データサイエンス(特に現在注目されています)
これらの分野から、プロジェクトの性質に合ったものを選択していきます。
演習ではここまでですが、実際の構想化では、選択した活用工学分野で実際に、
何をどうするのかを追求します。冒頭で紹介したCDIO加盟工学部では、D (Design) でこれを行います。AOTSの研修で、エンジニアが多いグループであるとエンジニアリング・フローまで作成するグループもあります。
システムズアプローチとファイナンスの選択肢
2つ目の選択肢として、「システムズアプローチ」と「ファイナンス」の中から最大2項目までを選んでもらいます。
ファイナンスについては、本格的な研修では15種類ほどのファイナンスアプローチを解説するセッションを設けています。しかし、PBL(Project-Based Learning)ワークショップでは、その解説を資料の巻末に添付する形にしています。これは、当日説明するのではなく、事前に予習し、チームで相談して選んでもらうためです。
受講生は安易に政府予算やグリーンファンドといった選択肢を選びがちで、研修としてはそこで終わってしまうこともあります。しかし、中には工夫を凝らした知恵のある提案が出てくることもあります。このファイナンスの選択は、最も難しい部分かもしれません。また、近年のAOTS研修では、研修生にファイナンスのプロが数名入っているので、本格的かつ現実的なファイナンスアプローチが提案されることがあります。
プロジェクト構想化:マネジメントアプローチと計画
プロジェクトの構想化には、様々なマネジメントアプローチがあります。本論の初めに紹介したプロジェクト構想図やAS-IS TO-BE分析など三層に分けた構想化手法に加えて、よく使われる手法としては、P2Mのミッションプロファイリング、ベンチマーク手法、ブルーーシャン戦略、イノベーション理論、ポートフォリオ分析、SWOT分析、ナレッジマネジメント、コアコンピタンス戦略、サービス分析、関係分析(フィッシュボーン析を含む)、サプライチェーンマネジメント、ロジックツリー、オプション戦略などが挙げられます。
これらのアプローチは、いわば「呼び水」として最初に提示し、基本的にはこれらを使って検討を進めてもらいます。必要に応じて、追加のアプローチを検討してもらうことも可能です。
スケジュールとコストの見積もり
ここからは構想化したプロジェクト案件の、プロジェクトマネジメント計画の演習です。
スケジュールについては、二通りのオプションを与えます。一つは、プロジェクトの構想化から計画段階の終了までを対象とし、大まかに四半期単位で3年までの枠を設定してスケジュールのテンプレートとしています。
次に、通常の実施段階を想定し、WBS(Work Breakdown Structure)をレベル2まで作成してもらいます。
コストとスケジュールの見積もりは、項目ごとに細かく算出するのは数日間の演習では大変なので、まずはWBSのレベル1の大まかな括りで良いと指導しています。プロジェクトのプロフェッショナルであれば、この詳細な部分まですべて含めて、コストもスケジュールもかなり正確に見積もることが可能です。ここで言う「プロ」とは、そうした作業に慣れた経験豊富な人材を指します。
リスク分析
リスク分析の手法はいくつかありますが、もし皆さんにやりやすい方法があればそれを使ってもらって構いません。そうでなければ、一般的に使われているリスクレジスターを用いるのが良いでしょう。リスクレジスターでは、以下のような項目を洗い出します。
内部リスクか外部リスクか
リスクのカテゴリー
具体的なリスクイベント
そのリスクイベントの発生可能性
リスクが起こった際のインパクト
これらの要素から「発生可能性 × インパクト」で優先度を算出し、リスクの高低を判断します。
実際に研修生が作成した例では、「発生可能性 × インパクト」の値が0.12といった具体的な数値で示されることもあります。これは定量的分析に近いものと言えるでしょう。
最近のAOTS研修では、ファイナンスの専門家である研修生が2、3人いる場合、彼らがプロとして正味現在価値(NPV)やキャッシュフローの非常に詳細な分析まで行ってくれることがあります。ただ、一般的な研修生にそこまで求めるのは酷なので、それはあくまでオプションとしています。
ここからは、研修生がグループで行う構想化したプロジェクトの事前評価とファイナンスのアプローチについてです。
ファイナンスとプロジェクト評価
プロジェクトのファイナンスに関しては、まずどのファイナンスアプローチを使用するかを1つか2つ選んでもらいます。次に、そのファイナンス組成の確度はどの程度か、そして何がハードルになっているかを明確にします。
プロジェクトの評価基準
プロジェクトの評価については、PM(プロジェクトマネジメント)の初期の頃に設定された基準を用いています。一例を挙げると、民間(産業)プロジェクトの場合、以下の観点から評価します。
収益性
成長性
市場規模
リスクの程度
サステナビリティ(持続可能性)への貢献
これらは、プロジェクト全体、あるいはサブプロジェクトA、B、C、Dとして評価していきます。P2Mであると、プログラムと構成プロジェクトです。最近では「プログラム」という言葉に戸惑う方がいるため、「プロジェクト」と表現し、その下に「サブプロジェクト」がある場合はそう記載するよう指導しています。
絶対的な数値で評価するのは難しいため、A(高水準)、B(中水準)、C(低水準)といったグレードで評価してもらう形を取っています。
公共プロジェクトと評価基準の混合
公共プロジェクトの場合、評価基準(横軸)を定めます。最近の問題は、民間と公共の中間的なプロジェクト、つまりソーシャルエンタープライズのような形態が増えていることです。アジアではフィリピンで特に盛んですが、これは民間企業でありながら公共プロジェクトを代行するようなものです。このような場合、民間プロジェクトと公共プロジェクトの評価基準を組み合わせて使用して構いません。
OECD評価基準とサステナビリティ
現在のサステナビリティ時代においては、プロジェクトはオーナーの恣意的な投資基準だけでは勧められないことが多く、ある程度以上の規模のプロジェクトではいわゆるアセスメントが必要です。国連のESGという投資基準は良く知られておりますが、私の研修ではOECDの投資(プロジェクト)評価基準を使用しています。OECDは主にヨーロッパ諸国が主導しており、日本の企業にも比較的知られていますが、アメリカ志向の強い社会人にはあまり馴染みがないかもしれません。
私は、OECDのドクター・キャンデス・スティーブンス氏(ノルウェーのワークショップ大会でお会いしました)が使用している評価基準を、彼女の許可を得て参考にしています。これは、-3から+3の範囲で評価するもので、以下に示す3つのカテゴリーに沿ってインパクトを評価します。
経済的なインパクト: 投資額や収入など、数値で示される経済的影響。
環境へのインパクト: 環境に与える影響。
社会的なインパクト: 社会に対する影響。
特に、数値の付け方には注意が必要です。
環境・資源へのインパクト評価
環境へのインパクト評価では、通常の数値の付け方とは逆になる場合があります。例えば、温暖化ガスの排出量が非常に多い場合は、プラス3ではなくマイナス3と評価します。同様に、公害物質の排出が多い場合もマイナス3です。天然資源の投入度に関しても、投入が多い場合はマイナス3、少ない場合はプラス1〜3というように評価します。
-3から+3の評価が難しい場合は、その項目を考慮したかどうかをチェックマークで示すことも可能です。
プロジェクトの最終自己評価
最後に、プロジェクトの総合的な自己評価を行ってもらいます。以下の項目についてスコアを付けて評価してもらいます。
コンセプトの独自性
実用化の可能性(商業的実現性)
ファイナンス組成の確度
社会の持続可能性と国民の福祉への貢献度
プロジェクト成果物の持続可能性
本プロジェクトのグランドデザインが社会に与えるインパクト
最大のリスク3点を挙げる
そして、しつこいようですが、「本プロジェクトのボトムライン価値は何か?」と問いかけます。
この自己評価では、チームの性格がよく現れます。楽観的なチームは全て10点や9点のような高得点を付けがちですし、非常に悲観的なチームは5点や6点といった低い評価を付け、そうなると「なぜこの提案をするのか」という疑問が生じます。
遂行段階のPM戦略
プロジェクトの遂行戦略について、ここではプロジェクトの構想化の戦略ではなく実施段階に入てからのプロジェクトマネジメントの戦略を尋ねています。例えば、主要なステークホルダーとのエンゲージメント戦略やスケジュール戦略などを具体的に記述するよう促しています。
結語: PBLの成果は「出発点」
PBL(Project-Based Learning)演習の成果は、あくまでも出発点に過ぎません。皆さんの多くがエンジニアであり、社内では非常に精密で実効性の高いプロジェクト構想化しか許されない環境にあることは理解しています。
ここで紹介した演習はは、均質な集団ではなく、多様な専門性を持った人々が集まって行うため、企業で行うような特定の専門分野に深く踏み込んだテーマを取り上げるのは難しい反面、均一性の高い集団では出てこないようなアイデアが出てて来ます。。
PBLにおけるテーマ選定と講師・受講生の条件
PBL(Project-Based Learning)では、どうしても社会貢献や、持続可能で革新的なテーマが選ばれがちです。しかし、それはそれで構いません。PBLの成果はあくまで出発点であり、そこからさらに具体化を進めることが重要です。
この研修を実施する上で言えることは、まず講師が特定の業界に偏らない、横断的な経験を持っている必要があるということです。そうでなければ、PBL形式の研修は難しいでしょう。
研修生のうち、アジアの国々からの研修生を観察していると、均質性が高いグループ(例えば、インド、パキスタン、日本)では、画一的な思考になりがちで、演習の成果も「今やっていることの延長線上」といった傾向があります。
対照的に、エリートについてですが、教育レベルが高く、資源に乏しい国々(フィリピンやバングラデシュ)からは、非常に良い提案、特にサステナビリティに関する優れた提案が出てくる傾向があります。これは、彼らが頭で考えて工夫をする以外に成長の道がないという意識が強いからでしょう。
PBL研修のボトルネック
しかし、この研修にはいくつかボトルネックがあります。
まず、提案構想の優位性をデータで正当化する部分が弱い点です。例えば、大学院のように3日間の研修後に3ヶ月程度の延長期間を与えても、提案の質が大きく向上しないことがあります。これは、受講生の研究心や意識の不足が原因だと考えられます。
次に、受講生が関心のある技術や手っ取り早い実現手段に飛びつきがちで、BTM(ビジネス・テクノロジー・マネジメント)が提唱するようなゼロベースでの要素複合化が不十分な点です。
例えば、日本のビジネススクールで教えていた際、中国人学生が45%ほどに増えました。彼らの提案で最も多かったのは、ブロックチェーン技術、つまり取引のセキュリティを高める技術を使ったものでした。彼らはこの技術に最も関心があったのです。
その時、中国人学生に「なぜ中国のビジネススクールが世界ランキングで遥かに上位なのに、日本のビジネススクールに来るのか」と尋ねたことがあります。すると、「田中先生、決まっているじゃないですか、就職ですよ。日本のビジネススクールを出れば日本の良い企業に就職できるから日本に来たんです」と答えました。なるほど、と思ったものです。
本日は、非常に幅広いテーマについて駆け足でお話しさせていただきました。この後、皆様との議論に入りたいと思います。
<参加者懇談>
・2010年以降にPM力が低下し、PMの軽量化が進んだというお話がありましたが、その背景には何があるのでしょうか?
⇒プロジェクトマネジメント(PM)は重責を伴う仕事ですが、現在の日本(そして海外でも)ではその能力が全体的に低下していると強く感じています。失敗・未達プロジェクトが目立つようになりました。また、国内外でPM関連の会合に参加する社会人の言動をみているとPM力が落ちているのことを実感する現状です。
同時期には、日本企業が海外プロジェクトで苦戦する事例も多発していました。エンジニアリング5社による米国のEPCプロジェクトでの巨額赤字や重電系エンジ会社のインドネシアでのインフラプロジェクトの赤字など、プロジェクトの複雑化か人材育成の問題か、いずれにしても総合的なプロジェクト力の低下が顕著でした。
2019年まで客員教授を務めた日本の某ビジネススクールでの経験では、2010年代の前半は成果もでたのですが、最後の3年くらいは苦戦続きでした。3日間の集中的なプロジェクト演習でも学生たちは成果を出せず、さんざん教えた末に「何をすればいいのか」と問いかけるすら出る始末でした。この経験から、教え方の現状を変革する必要性を痛感しました。
私の研修史上最大の成果を挙げている日本の海外産業人材育成の協会のP2M研修においても、当初、かなりP2Mを忠実に教えていても手ごたえがありましたが、2010年代半ばから、PM専従者である研修生が減りだし、現在は、プロジェクトマネジャーは全体の2割程度にとどまり、大半は経営者から部門長となりましたので、P2Mをそのまま教えるのは無理があり、教え方を変えてきております。特にプログラムマネジメントは研修生に臨場感がないため、プログラムマネジメントの講義時間数を減らすており、PM編でも教え方を具体的にしないと理解してもらえません。
2018年頃からは、IPMA(国際プロジェクトマネジメント協会)のリーダーたちが「プロジェクトリーダーシップ」という用語をPMの代わりに唱えだしました。。これは、若年層がマネジメントという言葉に抵抗感が強く、協会活動に興味を示さなくなったという危機感から生じていると聞いており、PMの概念自体を再定義する時期に来ていることを示唆しています。
PMの軽量化とは、プロジェクト経済は進んでおりう、プロジェクトの数は増えているのですが、伝統的で重厚な‘PMを必要とするプロジェクトの割合が低下し、グリーン経済のプロジェクトに代表されるように、取り組み方が異なる軽量プロジェクトが増えているという意味です。
・まさに教科書になるような内容でした。ただ、もう少し深掘りする必要があると感じた部分もあります。最近、QC(品質管理)があれほど定着したのに、P2Mやリスクマネジメントがなかなか定着しないのはなぜだろうと疑問に思っています。その理由は、いかにシンプルであるかにあるのではないでしょうか。今日のお話にあった「魚の骨」もそうですが、QCは基本的にPDCAサイクルとQC七つ道具、新QC七つ道具だけで構成されています。これが専門分野と組み合わせることで高い応用力を発揮します。一方、P2Mは複雑化しすぎているため、初心者が見たらうんざりしてしまう内容になっているのではないでしょうか。ここをいかにシンプルにし、中級、上級とレベルが上がるにつれて深い内容にたどり着けるような構成にすべきだと思います。
今日の話でツールがまとめられていたのは、私の考えに近い部分があり、良いと思いました。ただ、P2Mのプロジェクトマネジメントでは、その下にさらにマネジメント(例: リスクマネジメントがプロジェクトマネジメントの一部)が位置づけられるような複雑化は避けるべきで、あくまでツールとしてのオプションとすべきではないかと考えています。
プログラムマネジメントの骨格はAs-Is/To-Be、ハードル、3Sモデルあたりで十分だと思います。それでは、プロジェクトマネジメントを「卒業」した後の骨格はどのようになるのでしょうか?何かお考えがあればご教授ください。
⇒プロジェクトマネジメントが世間一般でプロジェクト統合マネジメントとして理解されていることを考えると、リスクマネジメントなどの壁を取り払い、統合的に教えるべきだというご意見は理解できます。今は骨格を残すため個別のマネジメント要素を残していますが、実際にプロジェクトマネジメント段階で多くの人が関心を持ち、必須だと感じるのは、スコープ、スケジュール、そしてリスクの3つです。コストマネジメントは、AOTSの研修に来るような優秀な人材でも、エンジニア以外の方には難しいという意見があります。
リスクマネジメントについては、私の研修では最近は経営者の参加が多く、彼らはビジネスの本能としてリスクマネジメントを実践しています。これは、セオリー通りにやっているというより、プロジェクトやビジネスに内在するリスクを識別し、その発生を最小限に抑える方法や、発生した場合の対処法を感覚的に理解しているということです。こうした方々には、少し教え方を工夫するだけで理解度が向上します。その他多くのマネジメント分野は重すぎるため、研修では絞って教えています。ただし、プラントのような大規模プロジェクトでは、伝統的なプロジェクトマネジメントを一通り教える必要があります。
(田中追記)
質問:P2Mやリスクマネジメントがなかなか定着しないのはなぜだろうと疑問に思っています。その理由は、いかにシンプルであるかにあるのではないでしょうか。
回答:PMスタンダードがシンプルにならない理由は、発行元が自助自立を求められる民間のプロジェクトマネジメント協会であるからです。シンプルで薄いガイドでは商売になりません。また、各著者がエキスパートである以上、エキスパートは物事を単純化して書く文化がありません。
なお、個人的には、自由人である今の田中のポジションは、PMをできるだけ単純化して、本質だけ抽出して教えることにあり、海外経営者・管理者向けの研修では第2教材は60ページのみです。これで理解して貰えますし、いくつかの企業は社内のPMマニュアルにしております。
・現在、DX実現フレームワークを開発・実践しており、企業や研修でP2Mのミッションプロファイリングにデザイン思考を取り入れています。IT分野のフレームワークでは、プロジェクトライフサイクルとプログラムライフサイクルが全体を束ね、その下にステージ、フェーズ、方法論があります。
ミッションプロファイリング(戦略策定・企画段階)ではデザイン思考を、イノベーション創出プロセスではアジャイル開発を適用することを提案しています。これらデザイン思考とアジャイル開発の連携がP2Mの現実的な実装だと考えますが、どう思われますか?
⇒デザイン思考はAOTSの研修でも教えていますが、これは先進国向けの手法です。発展途上国では、直接ユーザーと対話してプロトタイプを進めるのは時期尚早なため、ワークショップには本格的に組み込んでいません。ただし、「プロジェクト構想化」の3時間講義で、デザイン思考の基本的なプロセスは教えています。
アジャイル開発については、AOTS研修で1日かけて並行して実施しています。ITサービス関係者は混乱を避けるため研修受け入れ対象外ですが、製造業のIT担当者は参加可能です。しかし、アジャイルを正しく理解せず導入した結果、納期遅延やコスト超過を招くケースも散見されます。
特に、伝統的な工場建設やプラントの「実施段階」ではアジャイルアプローチは不適切です。計画段階での顧客意向の取り入れは良いですが、実装段階でのスプリントは計画のずれや見込み違いを引き起こすだけです。
一方で、企業競争力強化や革新的な製品開発のためにアジャイルを必要とする経営者もいます。そういったニーズに応えるため、1日完結型のアジャイル研修を独立したパラレルストリームとして提供し、総合研修の焦点がブレないようにしています。
日本においては、DX実装においてデザイン思考とアジャイル開発を組み合わせた研修ニーズが非常に高いため、BTM(ビジネス・テクノロジー・マネジメント)として、こうした講座を検討する必要があるでしょう。ご質問者のフレームワークは、「プロジェクトマネジメントにDXをどう活用するか」という点で非常に重要です。特にデータサイエンスやビッグデータ分析からイノベーティブな目標やニーズを抽出するプロセスは、新しい時代のプロジェクトマネージャーの役割となるため、P2Mへの貢献として、差し支えない範囲でそのメカニズムやフレームワークの概要を共有いただけると幸いです。
・鳥肌が立つほど素晴らしいお話でした。複雑な問題、特に文化的な側面を持つ問題に対して、シンプルなツールを使い、それを空間軸で調和させながらシステム思考に沿って進めることで、質の高いプロジェクト原案が生まれ、スパイラル的に精度を高めていける。この仕組みが、お話から非常によく理解できました。
ダイバーシティ、オープン、エコ、システムズ、そして「Do」の3人組(デザイン思考、アジャイル、DXを指す?)といった概念が、多様な人々が集まって複雑な問題をいかにシンプルに解決するかを具現化しています。ともすれば無秩序に陥りがちな状況を、秩序立てて進めるPBLやアクティブラーニングの教育プログラムとして確立されていることに感激しました。ありがとうございました。
⇒私が教員として採用されたのは、アカデミックな権威を持つ先生方とは異なり、私の実業界での経験と世界観が評価されたからだと思います。様々な国の事情を知り、産業界と常に共に歩んできたことで、他の先生方には教えられない独自の世界を持っていると自負しています。そこに皆さんが共感し、現職の大学教授とも競合しないという点で、受け入れてもらえたのでしょう。
私は教員をサービス産業だと捉えています。学生や他の教授、そして私自身と価値を共有し、共に高め合うことができなければ、教員としての価値はないと考えています。これは私の母校の創立者「半学半教(教えることは学ぶことでもある)」という教えに通じています。学生は知識の宝庫であり、彼らや研修生たちと共に学ぶ中で、私自身も成長させてもらっています。これが、私が長く教員を務められた理由だと思います。
・田中さんは海外で重要なことを教えていらっしゃいますが、日本人向けの講座は開催しないのですか?
⇒以前、PMの理事長を務めていたため、資格取得者への配慮から個人的に日本人向けの講座は控えていました。PMAJのプロモーションのため、企業研修として、無料で日本の企業向けに教えたことはありますが、独自で開催したことはありません。大学の授業では、日本人学生もいたため教えていました。
・P2Mの資格講座は充実していると思いますが、実践的な要素が不足していると感じます。これがPM普及の妨げになっているのではないでしょうか。今日のお話のような実践的な講座を開発すべきではありませんか?
⇒ PMの教え方には多様な方法があり、PMAJのようなPM協会ではPMのプロセスを教えて資格取得につなげるのが本流です。しかし、PMAJがP2MとPMBOK(R)を両方教えているようにように、多様なニーズに応えるため、流派の異なる内容も含めて教えるのは協会の責務だと考えています。
そのため、協会の出版するスタンダードに固く縛られない応用的な講座を充実させることも重要かもしれません。ただ、プロの研修講師にとっては収入の問題があり、参加者がいなければ講座を開くインセンティブが生まれない点が課題です。
・なぜ日本では中学生や高校生にPBL(Project-based Learning)がもっと普及しないのでしょうか?
⇒端的に言うと、日本ではPBLという言葉が「アクティブラーニング」という言葉に置き換えられて受け入れられているからです。アクティブラーニングは高校までは非常に進んでいます。公立大学で聞いた話では、「高校でアクティブラーニング(半分はPBLのようなもの)をしているのに、なぜ大学で途絶えるのか」と聞かれました。
しかし、私が言いたいのは、きちんとしたPBLは教育理論に基づいているということです。日本で一般的に行われているアクティブラーニングは、厳密な意味でのPBLとは異なります。
・現在、スタートアップの支援をしており、PDCAの基本から教えています。彼らはまだその段階で苦労している状況です。特に感じるのは、スタートアップの若い世代の日本語が非常にシンプルで、単語中心であることです。そのため、私のような者が専門的な話をすると、彼らは拒否反応を示す可能性があります。彼らとの効果的なコミュニケーションの取り方が非常に重要だと感じています。
また、最も重要だと感じたのはステークホルダー分析です。スタートアップ支援では必ず行いますが、時系列で関係性を追わないと、ステークホルダーとの距離感や繋がりが時間とともに変化してしまいます。その変化を見誤ると、関係が崩れ、プロジェクト全体が破綻する危険性があります。改めて、ステークホルダー分析を徹底することの重要性を痛感しました。
⇒全く同感です。私も、プラント分野でPMの基礎を理解している方々を教えてきましたが、最近ではロシアの若者たち(約1年半前まで)のような、多様な背景を持つ方々を教える中で、コミュニケーションの難しさを痛感しています。例えば、1時間話した後で「先生、プロジェクトとは何ですか?」と尋ねられることもあり、ご苦労はよく理解できます。今後とも引き続きよろしくお願いいたします。
・特にミッションプロファイリングにおける「主たるハードル」として課題を具体的に記述するという点が大変参考になりました。これまでミッションプロファイルの具体的な考え方は理解しつつも、実践方法が不明瞭な部分があったのですが、田中さんの資料を見て、改めて深く考察したいと思いました。
・初めての参加で、プロジェクト構想という重いテーマについていけるか心配でしたが、大変楽しく拝聴しました。田中さんご紹介のツールやテンプレートを使えば、構想化という難しいテーマも取り組みやすくなり、質の高い議論につながると感じました。また、これらのツールがグリーン経済だけでなく、多様な分野で応用可能であることに感銘を受けました。ありがとうございました。
・本日は誠にありがとうございました。今回の多様な議論を受けて、このような貴重な内容を若手、中堅、そして産業界の方々にもっと広く伝えたいという思いが強まりました。先ほど「日本人向けの講義はないのか」というご指摘がありましたが、まさにそれが現在のPMAJの課題であると認識しています。田中先生のお話を多くの人に聞いてもらえるよう、今後も活動を広げていきたいと考えておりますので、皆様からもご意見があればぜひお聞かせください。
以上
<参加者アンケート>
<注>
資料は改訂される可能性がありますのでご了承ください。