「第8回夢工学サロン-2023/7/25」
「第8回夢工学サロン-2023/7/25」議論概要
~川勝さんを囲んでのしゃべり場~
「夢工学/DEC思考の実践事例」 の紹介
~成功と失敗の5大事業プロジェクト~ <その2>
文責:岩下
「夢工学/DEC思考を具体的にどういう風にやっていくのか?」「実践するには訓練が必要とのことだがどの様なことか?」という意見がありますので、改めて川勝さんに、実践編として「成功と失敗の5大事業プロジェクト」についてお話を伺うことにしました。
1.新日鐡・MCA ユニバーサル・スタジオ PJT(1878−1879年)<終了>
2.セガ・ジョイポリスの第1号館&全国多館展開 PJT(1992−1995年)<その2>
3.岐阜県世界淡水魚リアル&バーチャル水族館 PJT(1995−1999年)
4.岐阜県・昭和村 PJT(1999−2003年)
5.新潟県・大型太陽光発電所 PJT(2005−2011年)
今回は<その2>として、「1.新日鐡・MCA ユニバーサル・スタジオ PJT」について、その顛末を伺いました。
次回以降は、残りのプロジェクトについて伺う予定です。
「1.新日鐡・MCA ユニバーサル・スタジオ PJT」<その2>
<川勝さん講話>
既に<事前配布資料>に目を通された方もおられるということですが、 これを丁寧に説明しますと1時間以上かかってしまいますのでそれはやめます。あとで資料をご覧いただいて私の説明を補ってください。
それでは「成功と失敗の5大事業プロジェクト」の<その2>を説明致します。
MCAユニバーサルスタジオプロジェクト以前の話です。これは以降の話につながっておりますのでお聞き頂きたいと思います。
私は新日本鉄に勤務している時にニューヨークに駐在をしておりました。
アメリカ人は夢を実現させることを大変好む人種で、そういう類の本が沢山出版されています。最初に関心を持ったのが「マンハッタンプロジェクト(原子爆弾開発プロジェクト)」と「アポロプロジェクト」でした。そういうモノに興味を持っていたんですけど、そのうちに、ビジネスとか仕事のプロジェクトにも興味持つようになり、いろんな付き合いの中から、ニューヨーク州立大学の非常勤講師を一時やっていたことがあります。この大学で特に興味を持ったのは、「アンドリュー・カーネギーの成功論」、「ナポレオン・ヒルの成功法」など「成否論」への関心と研究です。
カーネギーは鉄鋼王といわれ鉄で財をなした人です。ご存知のカーネギーホールを作ったのもこの方です。自分でもいろいろな成功論を書いていますけど、より本格的に「どうやったら成功するか」ということを研究したいということで、ナポレオン・ヒルに資金援助して研究させました。このナポレオンが著した成功論、日本でもおなじみですが、これは元をいえばカーネギーがスポンサーになって実現したことなんです。
こんなことを懸命に勉強していまして、「どうやったらプロジェクトが成功するのか、どうやったら失敗するのか」ということを、「成否研究」ということでやっていました。駐在員の仕事の合間でやっていましたので、大したことがやれる訳ではないですが、それでも長い時間かけてやっていました。
ニューヨークには5年ほど駐在して、日本帰ってからも「成功する又は失敗する原因(要因)には何があるのか?」ということを整理、纏めたりということをやっていました。「成功要因:ミドルマネジメントによる成功要因」あるいはその逆で「トップがどういうことをやると失敗するか」という、要するに失敗と成功の原因を集めて、「どういうことをすれば成功するのか」ということを研究していたわけです。
そんな中であることが起こりました。実は家族に悲劇が起こりました。日本に帰ってしばらくして、家内に癌が見つかり、約3ヶ月で亡くなりました。あっという間でした。この辺のことあんまり言いたくはないですが、小学生と中学生の娘二人を抱えて、働きながらやっていたわけですから、とにかく拷問みたいな非常に辛い日々でした。
こうした中で、ある日ラジオを聞いていたら、ある音楽が流れてきました。その曲を聞いた時に、久しぶりに自分でピアノを弾きたいと思ったんですけど、やっぱり弾けないですね。生活は辛らかったものですから、情けない話ですけども、涙も流しました。その時です、「お前いつまで泣いてるんだ、バカモン!」という声がした瞬間に、あることを直感しました。
たまたま聞こえてきた曲というのは、「星に願いを」というあのピノキオの曲です。その曲を聴いた瞬間に、あることを直感して、屋根裏部屋に駆け込みました。私は10年ぐらい「成否研究」をやっていたんですが、その資料のダンボール30箱ぐらいが、自宅3階の屋根裏部屋に山積みになっていました。その資料を片っ端から読み返したんです。するとどれもこれも全部同じことが書いてあるんです。何が書いてあるかというと、「夢があったから成功することができた、知恵も絞ることができた」ということが書いてあるんです。要するに「夢が有るか無いか」だったんです。
私はこれで「成否研究」をまとめることができました。それを同僚や上司に見せましたけど、「そんなことわかってるよ、失敗原因と成功原因を綺麗にまとめてくれたけど、そんなことはどこにでも書いてあるよ」というネガティブな反応でした。しかしこの時は、私は失敗したとは思いませんでした。なぜかというと「夢があるかどうか」要するに「夢があれば成功に導くことができる、失敗を乗り越えられるんだ」「その夢を持っているかどうかが基本だ」ということに気づいていたからです。
これを基本にして「成否研究」をまとめ直しました。それまでに、何が成功か何が失敗かとまとめた資料そのものは、「夢の存否」を基本にしてまとめ直しますと、まとめ方が変わるわけです。何れにしても、すっきりした形にできたということで、私はこの時に「夢を発見」したと思いました。
失敗と思っていたんですけど、そうではなかった、まとめたことは全部正しかったんです。これをもとに友人や上司に再度「成否研究」の成果を見せしました。皆さんからは「それならわかるよ」と賛同を受けたということで、成否研究は成功したということです。
★(追加コメント)最初に同僚や上司に成否研究の纏めた結論を見せた時は、「夢の発見」をしていませんでした。其の為「そんなことわかってるよ、失敗原因と成功原因を綺麗にまとめてくれたけど、そんなことはどこにでも書いてあるよ」というネガティブな反応でした。その時は、失敗したと思いました。其の後、家内が亡くなりました。
★(追加コメント)その後の辛い日々を経て、或る日、「夢」を発見しました。「夢の発見」を基に、成否研究を纏め直し、「本物の夢である事が成功を決定付ける」と云う考えで完成させた成否研究を同僚や上司に見せ、彼等の真の賛同を得た次第です。
その後も研究を続けますと、いろんなことが分かってきました。「人類の歴史も夢の歴史」だということも分かってきました。ピラミッドや万里の長城を調べても、面白いもの作ってみたいと、何とかしたい、という夢があったから実現したモノです。やはり「基本的には夢が全て」ということが分かります。
特にこの中で注目したいのは、明治時代の「100年後の日本を予測した資料」です。驚くことにこの全てが実現してます。100年前に、100年後の夢をイメージし予測したことは、全部実現しているということです。実現していないのは、例えばサハラ砂漠を全部緑化する装置、これは経済的に価値がないからやっていないだけで、一部では実現しています。それから100年後でも実現不可能ということで、予測すらしてなかったことで、「人間が月に行って帰ってくる」ということ、これも実現しています。
当時ジュール・ヴェルヌの「月世界旅行」という小説がありますが、皆さんも読まれたこともあると思いますが、その中の挿絵を見てびっくりしました。1865年の絵と現在の実物ロケットを見比べてください。そっくりです。月軌道に入るロケット図など瓜二つで、その余りの相似性に愕然としました。100年後でも実現不可能だということで、予測もしてなかった夢さえも、実現しているということです。
これを見て、私は夢を発見したと、夢工学は絶対正しいと、その時に確信した次第です。これから100年後も、実現不可能という夢も絶対実現すると思います。アーサークラーク(SF作家)が、「人類はどうなるか」ということでいろいろ著していますが、その全てのことは、実現するだろうと私は思っています。現実に実現してきている訳ですから。
この時分に、「本物の夢」とはどういうモノかを推し量る、その夢をどこまで実現したいと思っているかを推し量る方法はないかということを考え、これを思いつかなくて随分悩みました。そうしたら、ある日ある時に、プレスリーの歌が聞こえてきて、「これだ!」と思ったんです。
それは ”I want you, I need you, I love you.” というラブソングです。恋人を思う気持ちです。好きな女性、好きな男性を思う気持ち、これが夢と同じレベルだったら、その夢は本物だろうということに気づいたわけです。なんとか恋人に好かれようと頑張る。ありとあらゆる知恵と、ありとあらゆる情熱と、ありとあらゆる金も使う、何もかも使う、全てをぶち込みます。ですから本物の夢を持っているかどうかは、その夢が恋人に対する恋情と同じレベルかどうかです。これが一つの判断基準になると思った次第です。
そういうことで「夢を発見」したのですが、またあることを直感しました。それは何かというと、夢を持って頑張れば、幸せな家庭を築けるかもしれないという夢です。妻が亡くなった状態のままでは生活していけないので、どうしようかということで娘二人とも相談しまして、新しいお母さんを迎えようということになりました。娘たちが協力してくれて、紆余曲折を経て、再婚に成功しました。妻も娘を分け隔てなく全身全霊で育ててくれて、長男にも恵まれました。おかげさまで今私の家庭は、長女が建築家で次女が医者に長男は漫画家になりまして、それぞれ成功しております。ということで夢を持って再婚に成功したということです。これで家庭生活が安定しましたので、仕事もバリバリやるようになり、仕事でも次々成功することとなりました。これらの成功の一環で、私はMCAユニバーサルスタジオツアープロジェクトにアサインされたということにつながるわけです。
なぜこのような家庭生活のことを紹介したかというと、夢工学はビジネスの世界だけではなくて、それ以外のプライベート分野でも活用していただくと、成功しますよということをお伝えしたかったからです。夢(好きなこと)を持って、いろんなことにチャレンジして頂きたいということです。
私とって最初は「悪夢」だったんですが、最後になって「善夢」になって、成功しています。その一つが「成否研究」が成功したということです。成功と失敗を分ける最大の鍵はなにかというと、「夢の存在」だということに気づいたということです。2つ目が私の「生活の再建」が成功したということです。それから3つ目が、「成功のための工学」=「夢工学」を構築できるのではないかと思いついたことです。
夢工学の初期モデルは、プロジェクトマネジメントを骨格にして作ったものです。1980数年頃にこの構想を作り上げています。P2Mが出る前ですから、当然P2Mは入っていない訳で、今現在もまだ完全には入っていません。とにかくプロジェクトマネジメントを基本にして、上流の前工程とそれからオペレーションマネジメントの後工程から構成されています。
現在のPMがやっているのはプラットフォームを作るまでです。プラットフォームを作ってから、どうやって運営し利益をだすかはPMの対象になっていません。しかし夢工学では、最上流から最後尾の結末までの全ての工程が対象になっています。ここまで全部を網羅しているマネージメント理論は、世界中に存在しないと言われます。これは私が調べたのではなく、中国の大学で客員教授しているときに、中国の文部省(向こうは教育部)が、世界中に夢工学の類のものがあるかどうか全部調べたらしいんです。そしたら夢工学という、ドリームエンジニアリングみたいなものをカバーしたものは存在しないと、中国の文部省からも認められて、川勝を政法大学の客座教授(客員教授の意味)として迎えてくれました。
従って、「夢工学」は「トータルプロジェクトエンジニアリング(The Total Project Engineering)」ということです。
実は「夢工学」という名前をつけてくれた方は、高松伸さんという京都大学の教授で有名な建築家です。
以上が、MCAユニバーサルプロジェクトをやる前の段階です。
<対話>
・時代背景を整理したいんですが、川勝さんが今お話になった夢工学が生まれるまでのストーリーというのは、今からお話になるMCAユニバーサルスタジオプロジェクトの前ですか?、それとも後ですか?
⇒5〜6年前です。
・川勝さんがこのプロジェクトのチーフにアサインされたというのは、それ以前にやっておられた活動なり運動なりをトップは見ていたということなんですか?なにかアプローチされたんですか?その夢工学という考え方をプレゼンとかされたんですか?
⇒やってません、正しく言いますと、夢工学は私自身のために作ったモノです。人様のために作ったものじゃありません。そのことで先輩から怒られました。夢工学を自分のためにだけに使うのではなく、面白いからもっと広めろと言われました。実はこのユニバーサルスタジオプロジェクトでは、夢工学を洗練させることに大変役立ちました。
・今回は、5大プロジェクトは実践事例という形で紹介頂いていると思いますけども、その実践事例の前に、既に夢工学が存在していたということになりますね?
⇒そうです。
・その実践事例というのは、夢工学を使って実践したということですか? 私の理解は、MCAプロジェクトの中から夢工学というコンセプトが生まれ、例えば前回お話しになったポートフォリオとかファンタジーとリアリティとか、そういう概念が夢工学に反映された、と思っていたのですけども、そこの関係性をまだ理解できていないのですが、、、
⇒これからご説明することです。これまでは初期バージョンということになります。ユニバーサルスタジオツアーを実践することによって、夢工学が洗練されたというふうに申し上げた方がいいと思います。夢工学を作って、ユニバーサルをやることによって、なるほどということがいっぱい出てきました。夢工学があったおかげで、このプロジェクトをやることによって、更に夢工学が正しいことも分かってきました。それにより、夢工学はより充実したとも言えます。このプロジェクトは中止になって、私も頭に来たんですけども、このプロジェクトやったおかげで、私は大変得をしているということをこれから説明いたします。
<川勝さん講話>
MCAユニバーサルプロジェクトを検討する中で、何が課題としてあったかということですが、一つはそのプロジェクトに事業採算性があるかどうかということ、もう一つは君津に作るかそれとも堺かという立地の問題があった訳です。
MCA側は絶対君津だ、東京に近いところでなければダメだということだったのですが、私はそうじゃない、大阪の方が良いと堺市で説得したんです。ですから今のユニバーサルスタジオツアーが大阪にできているのは、われわれが堺市で押したお陰で、その内容の殆ども私のグループで検討したものばかりです。言ってみれば現在のユニバーサルスタジオツアーは、私と私のグループが作ったもの、そんな言い方もできると思います。
アトラクションについても、非常に議論しました。どれがいいかを一つずつ調べました。ETも日本人に受けるかどうかということも全部調べ上げてやっていたわけです。キングコングはいいが、ジョーズは怖がるなら止めたほうがいいんじゃないかという議論もありました。セットやストリートについても、どうかという検討を進めていたわけです。それから物販もどんなものにするかを検討しました。この時は日本中の飲食会社と物販会社から川勝のところに随分アプローチがありました。これを中に入れてくれという話はたくさんあったんですが全部断りました。最終的にはMCAのやり方を踏襲して、バタくさいモノだけでやることにした訳です。
このプロジェクトは順調にやっていたわけではありません。実は新日鉄という会社は、もともとは官営八幡製鉄です。その後、日本製鉄となって、この時に戦艦ヤマトや武蔵の鉄を作った会社です。戦後、GHQのマッカーサーにより財閥解体され、八幡製鉄と富士製鉄に分割されました。その後それぞれ会社が大きくなって、両社を合併させようということで、八幡製鉄の稲山社長と富士製鐵の永野社長の話し合いで、新日鐵が誕生した訳です。合併当初から八幡製鉄と富士製鉄の出身者間での派閥争いがありまして、これを「マルカク(丸角)戦争」と言われていました。
MCAユニバーサルスタジオツアーを開発・検討する事を決定したのは、八幡製鉄出身の斎藤社長です。それでこのプロジェクトは、新日鐵の中では「八幡プロジェクト」と言われたものです。実は川勝は富士製鉄出身(カク系=社のマークが角ばっている)ですので、「マル系(八幡系 社のマークが丸い)に魂を売った」男だと水面下で反発を受けていました。一方、マル系の中にも反対する勢力がいたことで、私は完全に四面楚歌で孤立無援の中で仕事をしました。こんな経験は普通のサラリーマンはしないと思いますけど、とにかくひどい目に遭いました。
そんな中で、なんとか堺市に作るべきだということで頑張っていたわけです。その顛末を説明すると長くなりますので省きますが、一つだけ申し上げますと、東京湾横断道路ができるから大丈夫だということで、君津に決定されていた訳ですが、私はこれに反対したんです。横断道路ができても鉄道が作られいないので大量輸送手段にはならない、それから千葉は半島だから通り抜けができない、行き詰まりになっているから発展しない、そんなところにテーマパーク作っては絶対ダメだと反対したら、袋叩き合いました。
それでも頑張って、MCAのトップを説得して彼らがOKとなって、なんとか最終的には堺市に作るという結論になりました。頑張って立証責任を果たし、立地は大阪にするということで決着した訳です。MCAトップからは、結果的には、感謝されました。
アトラクションについても、全部MCAのやり方でやった方がいい、日本的な要素は入れない方がいいと、徹底して彼らのやり方を採用しました。コンタミネーション(contamination)という言葉を使いましたが、中途半端に日本文化を入れると汚染されるということです。今、USJに行っていただくとわかりますが、完全にアメリカ様式になっています。あれで成功したんです。
この派閥抗争の経験から、私は「夢工学だけでは夢は実現しない」ということを思い知らされました。夢工学はユニバーサルプロジェクトで洗練されたのですが、反面、孤立無縁の中で足を引っ張られ、とんでもないことになる、それほどひどい状況でした。夢をどうやったら実現するかということをいくら検討しても成功しないということに気がついたんです。どういうことかというと、「夢をつぶす奴」がいるということなんです。「夢を潰されないようにしないと夢は実現できない」ということです。
失敗しないためにはどうしたらいいかという情報はたくさんあります。「失敗学」という本もあります。著者の畑村洋太郎さんと議論した折に、「失敗しないようにすれば成功すると思って、失敗学を学びに来る人が沢山いる」と困っていました。これは非常に重要なことだと思っています。失敗は成功の基じゃない、成功するようにしなかったら絶対成功しません。「失敗をさせる奴」という人間が世の中にいるということです。私はなんとか「夢を守る方法」がないかを考えました。これが最終的に「悪夢工学」となりました。
この時にヒントとして、エリック・バーン(Eric Berne:カナダ出身の精神科医)の「交流分析(Transactional Analysis:TA)」という「人生の歩み方には4つの歩み方がある」という考え方があります。
1つめは「自分は肯定するが人も肯定する」という人生の歩み方です。
2つめは「自分は肯定するけども人は否定する」という生き方でです。
3つ目は「自分はダメだと否定するけれども人は肯定する」人です。
4つ目は「自分を否定するが他者も否定する」、俺もダメだけど世の中もダメだというタイプです。
それからもう一つのヒントとして、私は趣味でジャズピアノをやっていますが、その中で「インタープレー」ということをやります。インタープレーとは「互いに演奏し合う」という意味です。演奏している当事者が、互いに顔を見合わせ、反応しながら、即興で演奏し合うやり方です。ジャズ演奏では非常に重要なパートでインタープレーは必ずやります。
要するに「人の夢を潰す」ような人物とは、この4つのタイプの何れかに属し、自分と他人とのインタープレーができない人ではないかと考えました。これを使って、人を否定する人、肯定する人、とはどういう人か、ということを分析できないかと思ったんです。
人の夢を潰すというのはどういう考えを持った人か? そういう人をどうやって識別すればいいか? 夢破壊工作をどうやって排除するか? こういう課題で悩んでたんですが、この交流分析で、4つの生き方をする人がいて、これは人間の本性ではないかと思ったんです。これを形にして、しかも互いのインタープレーの中でどうやっているかということを私なりに明らかにするこ
とを思いつきました。
夢の破壊を防ぐ工学を実現するためには、このインタープレーを阻害する、仮面を被った本性は暴くことだ、これをやらなかったら夢を潰す奴を見破ることができないということで、考えたものが「悪夢工学(=抗悪夢工学)」です。
夢破壊者と戦うために、自分もひどい目にあったので、あえて「悪夢工学」と言っていますが、下記のような性格分析表(体系)からできています。A/B/C/Dと4つのタイプがあります。
Aタイプというのは、「自分を肯定して相手も肯定する」タイプです。人格者です。立派な人ですからエースのAとしました。
Bタイプというのは、「自分は肯定するが人は否定する」タイプです。クソ野郎です。悪いやつですからバッドのBです。
Cタイプというのは、「自分を否定するけども相手を肯定する」タイプです。劣等感の持ち主です。
Dタイプというのは、「自分はダメだお前もダメだ、世の中もダメだ」という生きても仕方ない破滅や自殺の危険なタイプです。
それぞれのタイプを更に「1:超、2:普通、3:意識無し」の3つのレベルに細分化します。
A1:タイプは「自分を超大事に他人も超大事」、A2:タイプは「自分も相手も普通に肯定」、A3タイプは「意識してないで無意識でやってる」人です。
B1:「超強力」タイプです。どんなことをやっても全てナンバーワンで、トップで出世するタイプです。相手を徹底的に否定しますから、相手からバカにされたくないから、相手を否定できるように、必死で自分で自分を磨きますから、ものすごい人間です。組織の出世頭の集団の中には、このBタイプが潜んでいます。自己中心主義者ですから、このタイプの人物が悪いことをするんです。
Cタイプの人間は「劣等感の塊」みたいな人間です。他人は尊敬します、人の方が良いと思っていますが、自分を否定しますからこれは劣等感で、人の言うことを聞きます。したがってBタイプの人間は、このCタイプを子分にします。この2つのタイプが結託して会社の中を牛耳ります。
Dタイプというのは、一番始末が悪いです。自分を否定し、会社も否定しますからちょっと恐ろしいです。
「悪夢工学」では、この中で最も悪賢いBタイプを特に対象にしています。何れにしろ「夢工学」と「悪夢工学」、この両方がなければ夢は実現しません。MCAユニバーサルスタジオツアーを検討する過程で、いろんな問題があって、私もいじめられ、中傷されたことで、夢工学から目覚めて「悪夢工学」を作ったということです。これはMCAプロジェクトやったお陰と言えます。
これらのタイプをどのように識別するか、見つけたらどうやって排除するか、ということをいろいろ研究したものがあります。「夢と悪夢の経営戦略」という本は、亜細亜大学の客員教授をやってる時に出版した本で、この中に詳しく書いてあります。
この本は買わなくても、テキストがありますので、必要な方には差し上げます。
このエリック・バーンは更に面白いことを言っています。「過去と他者は変えられない、変えられるのは自分と未来だけだ」ということです。DXの本質は「自分を変えて未来をつくる」、要するに「トランスフォーメーションする」ことが基本です。ですから「変えられるのは自分と未来だけ」ということなので、この「夢工学」と「悪夢工学」が必要ということに繋がります。
更に、このMCAプロジェクトを検討する中で、新しい「発想法」を作ることを思い付きました。これは大きな成果です。
MCA社というのは映画作ったり、テーマパークを作ったり、要するにエンターテインメントの会社です。従って彼らは、アイデアがなかったら話になりません。必死になってアイデアを考えます。そこで彼らから「どうやってアイデアを考えるのか」ということを一生懸命に教わりました。そのことを教わりながら、夢工学においても「発想法」を作れると思い付きました。これが「夢工学式発想法」、後の「DEC思考」の初期モデルです。
ブレーンストーミングには4つのルールがあります。ルール通りにやらないと効果がありません。一方、「夢工学式発想法(DEC思考)」は、基本的に「自由発想法」です。ルールがないので何をやってもいいんです。自己批判しても他人批判しても構いません。唯一、動機となる「夢」を持ってくださいということです。「夢がなければいいアイデアが出てきません」ということです。何故かというと、恋人を自分のものにするために「必死で考えます」「ありとあらゆる手を尽くします」従って「夢を持ってる人はいいアイデアを出します」。それから、「夢とアイデアが実現して、成功した状況と効果を仮説しなさい」ということを言っています。これが夢工学の考え方なんです。
MCAユニバーサルスタジオツアーのプロジェクトをやった時に、正にこの通りにやっていたんです。映画を作る人たちも、ユニバーサルのテーマパーク作る時も、彼らは自分たちの描いたアイデアを全部絵にしていました。模型にして、それを目標として設計していたんです。私はこれを見てなるほどと思いました。
キングコングの場合も、5階建てぐらいの大きさのキングコングが出てきますが、あれも最初は絵に描いたモノを小型のおもちゃみたいなモノを作ります。これは1/100、1/50と大きくしていって、暴れ狂った状況がどうなるかということを、全部模型で実現した状況を描くんです。だから彼らは最初から夢が実現した状況を描いて、どんなことをやるかということを模型でやって、そこから初めて設計しているんです。夢工学の考え方と同じことをユニバーサルスタジオの連中が具体的にやっていたんです。これはものすごく大きな自信になりました。
それから「独創的に自由に考えなさい」ということです。何を考えるにも、とんでもないことを考えていました。ユニバーサルスタジオツアーの現場では、1/1のキングコングの頭を最初は紙でハリボテを作って、それをどんどん本物に変えていく訳です。そのプロセスも見てきましたけど、全部発想から来て、夢が実現して、仮説から発想して、実際に現物を近づけてくるというやり方です。正にそれは夢工学のやり方と同じです。
「アイデアは誰でもできる」ということを信じることも重要です。それから「アナロジー」が重要です。アナロジーとは類似を活用すること、真似ることです。これを初めから、発想法の中に入れてやってきました。地球上には無数の類似、真似が存在します。
「アイディアは無から生まれない」と信じることも重要です。例外は1つだけ、ビッグバンです。宇宙の誕生は無から出ていると言われます。それ以外は「有るものから必ずあるものが生まれてくる」ということです。従って「無駄なことは絶対ない」ということです。学校で学んだこともいつかアイデアになって必ず戻ってきます、ということが言いたいことです。
それから「アイデアは量が質を決める」と信じることです。砂金を集めるのと同じです。会社でアイデア会議やる場合でも、出
てくるアイディアの数が500とかのレベルでは少な過ぎます。1つの課題に対して最低でも1万位、本格的な場合は10万位出す必要があるということです。それから「固定概念とか先入観を破れ」「必ずメモしてください」、「自分に合うものを使ってください」とか、色々あります。 以上です。
<対話>
・今日のお話に直接関係はないかもしれませんが、川勝さんがMCAユニバーサルプロジェクトにアサインされた背景に興味を持ちました。嘱望されてのアサインだと思いますが、どういう経緯があったのでしょうか?
⇒なぜ私が選ばれたかということですが、当時のトップから、音楽とかエンターテイメントの分かる人間を選べ、ということが人事部門に降りてきたらしいです。私は当時は技術協力部長をやっていましたが、ある日突如、ユニバーサルプロジェクトのチーフをやれと命令されました。候補者が何人かいたらしいんですが、映画ですから、少し柔らかいことが分かる人間はいないか、音楽ができる人間はいないかと、そんな中で「川勝がいるじゃないか!」となったようです。あとは人事部が選ぶわけですから、それまで何をしてきたかということもあったと思います。
・非常に本質を掴む方だなという気がします。前回のお話の中でも、それぞれのキーパーソンの懐に飛び込んで、質問をぶつけていかれる、バイタリティのある方だと思いました。性格的にそういうものをお持ちですか?
⇒私はどっちかというと面倒くさがり屋で、ごちゃごちゃしたものが嫌いで結論を早く求めますね。
・キーパースンとの交わりの中で、新しいコンセプトが生まれていますね? 生まれているというか、気づいていますよね?
⇒やっぱり鍵になる方はいます。何れにしても、面倒くさがり屋ですから、結論を早く求めます。本でも結論から先見します。最初に前書きと後書きを読んで、次に目次を見て、面白そうなところから読みます。答えになっていますか?
・立地の問題で、君津に作るか堺に作るかという話がありましたが、堺というのは川勝さんの提案だったと思いますが、堺市(大阪)という選択肢は川勝さんの直感だったんですか?
⇒要するに君津では失敗するかもしれないということです。ディズニーが喉元にあるわけですから、それを通り越して千葉まで来てくれるかが心配でした。他に候補地はないかと調べたら、新日鉄の堺市に埋立地があったんです。だから大阪という発想云々より前に、堺市に土地があったので、そこの有効活用を狙って検討したんです。
トップを初め全員が反対でしたが、唯一、部下たちは従ってくれました。リーダーの言うことが正しいかもしれない、検討しましょうと言ってくれたんです。MCAのメンバーも何が何でも君津だということでしたので、先ず説得するには味方からということで、彼らを神田のガード下に連れて行って、飲みながら何度も説得しました。皆が東京に近い君津の方が集客力が良いと思っている中、私のみが最初から反対していたのです。
・リーダーの孤立感というか孤独感についてですが、派閥抗争などの対立関係の中でのリーダー像について伺うことができました。それも私の想像をはるかに超えたレベルで、すごいなと思いました。その状況下で挫折しそうにはなりませんでしたか?
⇒ありましたけど、信じて付いてきてくれる部下達がいましたので、私なりに頑張りました。一種のいじめですよね。だからユニバーサルスタジオツアーが中止になったので、さっさと辞めてセガに移ったんです。
・前回の話ですと、プロジェクトもかなり大きい組織で取り組まれていましたが、その中でも、本音の部分では賛否両論あったということでしょうか?
⇒その中で直轄の部下は信頼できるメンバーで、意志の統一もあり、私についてきてくれました。周りからいじめられると、内輪で固まるという現象かもしれません。この中で分裂することはなかったです。プロジェクトのリーダーシップがどうとかという問題じゃなくて、それやったら崩壊です。それはなかったです。
MCAの連中が、確かに川勝の言う通りだという風になびいてきて、最終的にMCのトップが「そうかもしれない、やっぱり大阪でもいい」ということになった訳です。要するに君津ではリスクがあるということです、ディズニーと競合しますからね。
MCAの連中は当初はディズニー在りきだったんです。ディズニーがあって、しかも東京横断道路があるから、千葉だから地続きだから、いいと思っていたんだけど、私が一つずつ潰していったわけです。道路はどうだ、鉄道どうだ、それから国民性から考えると関東人よりも関西人の方が面白いと、僕がもともと関西人ですから大阪に対する偏見がなかったということもあるかもしれませんけども、、、結局は事業採算性ですね。
・別の視点になるかも知れませんが、夢を本当にどうやって実現するのかと不思議に思っています。例えばアイディアを出すということは、世の中にはいろんなアイデアを出せる人はたくさんいると思うんです。別の例えをすると、30年か40年ぐらい前にカラオケボックスが流行りました。私の周りでは「カラオケボックスの発想は俺もしていたんだよな〜」というヒトもいたんです。それを聞いた時に、それはそうだよな、みんな同じような発想しても、それを実現する人というのほんのわずかな人で、そういった人が世の中で成功してると思ったんです。
ということはアイデアというのは、実は思いつくことは、いろんな人がたくさんのアイデアを思いつくことができる。でも次に、そのアイデアを紙などに描いてみようとする人は100人うちのほんの数人しかいない。そこからさらに紙に描いたモノを実現できるかもしれないと、事業計画とか構想計画とかそういう風に進める人はまたほんの僅かしかいない。更に仲間を集めてみようという人はもっともっと少なくなる、ということだと思います。だから、アイデアを思いつく人はたくさんいるし、アイデアを出してくださいと言ったら沢山出てくるけれども、最後の最後までそれを粘り強くやっていく力とは何なんだろうか、逆に粘り強くやっていこうと思っているけれども、そういった人はどこで挫折してダメになってしまうのかなど、そのことにすごく興味のあります。そういったことについて何かお話しがありますでしょうか?
⇒先ず、アイデアは思いつくとよく言われますけど、私に言わせると、それは本当のアイディアじゃないですね。アイデアというのは絵に描いて、具体的な絵にかけるかどうかが重要です。その絵というのは一つじゃないんです。「カラオケを俺も思いついていたよ」と、それは完全に嘘でして、思い続けているはずはありません。ですから思いついたとしても、それはアイディアじゃないんです。
私の言ってるアイディアというのは、一つや2つじゃありません。一つのことに関して、ある問題を解決するために出てくるアイデアの数としては、千とか万とかいう数が必要です。アイデアの質が違います。従って、会社でやってる議論などはほとんどお遊びです。アイディア創造開発の訓練というのは多くの会社で行われていますけど、指導する人はいますけど、こういう人たちはほとんどが偽物です。
ある発想をもとにして描くというのは、夢という言葉を象徴的に使っているので、その夢は人によって定義されますけども、要するに何かをやりたいということ、好きなこと、やりたい目標でもいいんですけど、それを実現した状況を描く仮説が必要なんです。それにはもちろん技術的な中身も入りますけども、技術的な問題よりも自分の頭の中にあるやつを絵にして模型にして、できるだけそれを詰めていく。それも一つや二つじゃないんです。沢山です、その数がまず重要です。その中でどれを事業化していくかというのも沢山出すわけです。
要するにアイデアというのは、「問題解決策」だと理解してもらいたいんです。例えば経営計画を立案するにはいろんな考え方がありますが、考え方その一つ一つがアイデアなんです。重要なことは実現させたい「本当の夢」を持ってるかということです。本当の夢を持っていても、そのイメージが最初はボヤッとしているかも知れません。アイディアというのは極めて具体性を持ったものになっていかなければ駄目です。しかもそれが一つじゃなく、いくつもあったっていいです。たくさん作って、その中でどれか一つが当たるんでしょう。そういうことで検討していくとうまくいくんじゃないかと思います。従ってアイデアというのは最強の問題解決策だと思ってます。人事問題でもマーケットの問題にしても、どんなことについてでもアイデア出せと言うんです。
・すごくよく分かりました。やはり最初のアイデアの質というか、もっと深く考えなければいけないし、実現するためにはたくさんの量も出さなければいけないと、すごくよく分かります。私が疑問に思ったのは、企業内研修で発想法研修とかあるんですが、どうもお遊びで終わっている。その時はアイデア出しはすごく楽しいし、自分にはこんなアイデアを出す力があるんだという風なんですけど、じゃあその受講者が現場に戻って、そのアイデアを実現したという話はほとんど聞かないんです。そこのところがお遊びになっている。ほとんどの研修のアイデア発想法とかは偽物ですと言われた、すごく分かりました。
⇒要するに経営コンサルタントにしても、「夢成功一貫達成」というイメージで、成功するまで、頭から最後まで全てやったことがある人、そういう人になってくれということです。アイデアというのは何もない夢ですからね、ここからスタートするわけですから。それを計画して、実現して、成功するまでには、PMも必要です。PMでプラットフォーム作り、事業プラットフォーム作った後にそれを運営して儲けなきゃダメで、それ全部一貫してやることが重要なんです。アイディアから最後まで全部必要なんです。最初だけじゃ駄目です。
言いたいことは、夢から、プランニングし、PMを組成し、意思決定し、あと実現してオペレーションをやります。この過程全部でアイディアなんです。最初だけではないです。アイディアという発想は、どの段階でも必要なんです。だからアイディアは問題解決策だと言っているんです。
★(追加説明)「夢成功一貫達成」について:
⇒川勝は岐阜県理事の時代(20数年前)、特別要請を受け、(株)NTTデータの100%子会社の(株)NTTデータ経営研究所の経営顧問になりました。その仕事は同研究所のプロコンサルタントを支援指導する役割です。川勝は、簡単に言えば「コンサルタントのコンサルタント」になった訳です。(株)NTTデータ神林社長が部下に命じて川勝の事を調べさせ、「川勝を活用しろ」とした様です(後日判明) 本職の岐阜県理事の多忙な仕事と兼務でした(岐阜県知事の了解済)同所のプロ・コンサルタント達の学歴、職歴などは素晴らしいの一言。ハーバード大学大学院、東大などのMBAや博士号所持者もいました。
顧問就任当初は、川勝は同所で四面楚歌、孤立無援の状態でしたが、川勝がMCAユニバーサル・スタジオ・プロジェクト、セガ・ジョイポリス、岐阜水族館、昭和村などで「夢」のゼロから如何に立ち上げ上げ、如何に成功させたか? 川勝の「夢・成功一貫達成」を彼等が徐々に理解した頃から、川勝を見下さず、「川勝先生」と言う様になり、仕事がやり易くなりました。
川勝は彼等の現在と過去の職歴を知らべました。驚くべき事が判明しました。「夢・成功一貫達成」を成し遂げた人物は全体の10%未満だった事です。従って彼等の90%は賢いが、「半人前」でアマチャ―・コンサルであるという事です。
川勝は益々忙しくなり、顧問就任後、5年弱で経営顧問を辞めさせて貰いました。其の後、或る機会に、川勝の友人のコンサル達に、マキンゼーやボストンコンサルなどのコンサルタント達の実態を調べて貰いました。その結果、「夢・成功一貫達成」を成し遂げた人物は全体の10~15%でした。アメリカのコンサル会社の事は分りませんが、もっと多いでしょう。従って日本の有名・著名なコンサル会社のコンサル達は、社長経験者も居ますが、既存事業運営のプロでも、新規事業のアマチャーと云う事です。
経営学者ドラッカーは既存事業と新規事業の両方を成功させた経営者が「一人前の経営者」であると主張しています。日本の社長の多くのは「半人前の社長」です。知らないのは日本の学者や企業人です。川勝の新規事業は新しい事業プラットフォームを建設し、新事業運営を成功される事です。既存の事業プラットフォーム(既存のサプライチェーン)で新商品や新サービスを成功させても新規事業にはなりません。夢工学は既存事業と新規事業の両方を「夢・成功一貫達成」させる工学です。
⇒会社でやってる発想法の研修、あれは全部お遊びですから止めた方がいいです。私のやり方はもっと単純明快です。例えばDEC思考だったら、やり方や理論は教えません。最初は自分たちだけで考えろとやらせます。現場で具体的な案件を調べて本物でやらせます。そんなことは出来ないと言ったら、だったら辞めろというところまで迫ります。会社でどうしても研修させたいというなら本物の開発チームの中で検討しながら、その発想法の中に具体的に活用するというやり方でやらせます。私はそこに入ってってアドバイザーという形でやっています。そういうやり方にすれば、どの企業でもできるはずなんです。一番いいのはパイロットプランがあるといいんですけど、小さいプロジェクトで成功するまでやらせますから。
夢の実現(Realization)と成功(Success)とは違います。PMが終わって事業プラットフォームができてた時、エンジニアリング会社が引き上げた後に、出来上がったモノというのは、例えばラーメン屋のお店が実現しただけというイメージで、実際に儲からなきゃ意味ないです。したがってこれを成功させるためにどうするかという、常に実現と成功とをフィードバックさせながらやらなきゃいけない。だから夢工学が必要だということなんです。発想アイデアというのは全部の段階で必要なんです。
・今のお話は大変興味深かったんですが、我々は日常的にアイデアと口にしますけれども、アイディアの定義というのは何ですか? それがバラバラで、曖昧としていて、共有されていないのが、アイディアが本物にならないというか、注目されない理由ではないかという印象を持ったんですけども、川勝さんはアイディアをどのように定義されているんでしょうか?
⇒まだ定義していません。ですけど私は「問題を解決する策」はアイデアだということを申し上げていました。したがってどの段階でも、アイデアが必要ということを申し上げています。しかし今言われたような意味では、是非「アイデアの定義」を考えてください。例えば「ひらめき」とか「気づき」とかは、よく言われますが、それはアイディアのインスピレーションであって、本当の解にはなってません。
・日常生活でもよくアイデアという言葉が出てくるんですけども、いい加減で使い古されてるなと、便宜的に使われてるなという感じがして、本当にこれだけ重要な概念だったらやはりきちっと言葉の定義づけをして、皆が動けるような言葉が欲しいと思うですけれども、、、
⇒本当はその通りです。私もやっていて、例えば、夢だって定義できてないから同じですね。最終的には哲学的な分野に入っていきます。どういうことかというと、頭得(頭で理解する)/体得(体で理解する)/心得(心で理解する)という言葉を使うのですが、これは「悟りのプロセス」と言われます。夢とかアイディアは言葉(頭)ではうまく表現できないんですが、身体で分かる、最後には心で分かる、これは悟るプロセスと似てます。というようなことですから、そう簡単にアイデアということを理解させられないんです。
禅では、頭得=理入/体得=行入/心得=悟と言われます。理入とは頭で分かる、ビジョンで分かるということです。アイディアという言葉、夢という言葉でしか表現できないので使っていますが、いろんなことをくっつけてやっていますけど、それって「体で覚えてもらわないとダメな部分」があります。それでやっと悟るに至るんです。
これを私は分かりやすく、「アイディア研修というのは、ピアノを弾けるようにする研修と同じだ」と言っています。ピアノを弾けるようにするには、理屈で弾けるようになりますか、やってみなきゃ無理じゃないですか、練習しなきゃ、これが理屈(理入)と訓練(行入)の両方が必要という意味です。
・感想として、「認識計画」とか「着想計画」というのが腑に落ちないのですが、、、
⇒「認識計画」というのは、名前(タイトル)を付けるということです。アイディアを考える時に、とりあえず名前をつけるんです。今私たちのやっていることにも「夢工学サロン」という名前がついているじゃないですか。この名前をつけるということがものすごく重要です。会社で仕事される時にも、まず名前をつけてください。仮の名前をつけてください。これは企画を認識するという意味です。名前をつけておくと、雪だるまが大きくなるように、この名前の回りに情報が集まってくるんです。頭の中で集まってくるんです。是非、名前をつけてください。そうすると着想が浮かんできます。
・一般的な経営計画はゼロから作るのではなくて、すでに商品があって、例えば「SWOT分析」をして、チョット焦点をずらすというような考え方ですよね・・・
⇒それだってしっかりした「計画設計」をしていただきたいですね。「計画設計」ということが非常に重要なんです。計画を設計してもらいたいですね。「計画」じゃないんです「設計」なんですよポイントが。計画を設計するんですから深みが違います。このようなことはどの本にも書いてありません。
「基本設計」、「詳細設計」とありますが、ここにある「計画設計」というのはほとんど「基本設計」に近いものです。なぜかというと「意思決定」しなきゃいけないんです。日本企業はこの「計画設計」がいい加減なんです。なんとなくやって、なんとなく止めたり、何となく誤魔化して済ませています。
私のユニバーサルスタジオツアーの場合は、1800億円のプロジェクトをやるかやらないかを検討し、意思決定しました。市場調査をするために1億円を使いました。だからここで言ってる計画というのは、普通よく言われる経営計画の作り方とは全く異なります。その類の本は無視してください。何故あんな本を学者が書いてるのか分かりませんけど、、、要するに、ゼロからイメージして実現したことのない人ばかりが書いています。
だから既存事業の新商品を作る場合も全部同じです。この「計画設計」をどうやるかというのは、PMの前に在るP2Mなんです。しかしP2Mで計画設計の議論をしていないじゃないですか。私が何故こういうことを言うかというと、川勝は昔から一貫して、施主側の会社にいたからです。現在のプロジェクトマネジメントやシステムエンジニアリングを議論しているのは受注側が中心じゃないですか。発注側の人間、作ってる側の人間じゃないから、後工程のことに気がつかないのででしょう。
この計画設計っていうのはものすごく大変なんです。プランの上で問題ないかどうかとか、夢が実現した状況から逆算して、事業としての成功を議論して、やっと意思決定がされるんです。だからこの「意思決定」が極めて重要なマイルストーンになります。 腑に落ちましたか? わかんない時は、後で川勝に質問してください。疑問があるときは、徹底的に議論すると私も気がつくことがたくさんありますので。先程頂いた「アイデアはどう定義してるのか?」と言われてハッと思いました。私は学者じゃありませんので実務家ですから知らないことがいっぱいあります。どうか腑に落ちるまで議論してください。
・ここに書いてある「基本設計」「詳細設計」というのは、ソフトウェア開発の場合とは別のことですよね? 自分の中では、「基本設計」「詳細設計」というと、ソフトウェア開発のウォーターフォールドのイメージが強すぎてですね、、、
⇒一つだけ言いたいことは、この計画設計というのは「意思決定のための計画設計」です。だから意思決定されて、これを作れとなった後の話と、前の話との違いと見てください。だからこの意思決定がマイルストーンになります。それを作ると決まっている場合と、まだ作るかどうかを決めていない、これから決めるという時のための「計画設計」と見てください。「基本設計」「詳細設計」というのは、そのディテールの違いです。よろしいでしょうか。
・ご参考までに「夢八訓」(吉田貞雄)とも呼ばれているモノがあります。
「希望のある者には目標がある」「目標のある者には計画がある」「計画のある者には行動がある」「行動のある者には実績がある」「実績のある者には反省がある」「反省のある者には進歩がある」「進歩のある者には夢がある」という、「夢」に始まって、順に夢→希望→目標→計画→行動→実績→反省→進歩と八つのプロセス(八訓)を経て再び「夢」に戻ってくる。つまり、夢をもたなければ夢はかなわない、しかし単に夢をもつだけではダメで、八訓をループしながら大きく成長していかなければならない、ということを教えています。これは「夢と希望が心の支えになる、夢をかなえるためには夢をもて」という言葉です。そういう話を聞いたことありますが、「夢工学」もそうだと感じた次第です。
⇒考えていることは基本的に同じだと思います。夢を持っている、その夢が「本物の夢」かどうかということ、もう一つは「発想があるか」どうかですね。明日もある会社を訪問して、社長と社員の方と議論するんですけど、なかなか優れた発想が出てこないんです。やりたいという気持ちは本物ですよ、特に中小企業の社長は、何とかしたいという強い意志を持ってやっています、そこについては何の疑問もないです。問題は「優れた発想」が出てこないということです。
これで四苦八苦しています。やっぱりアイデアが出てくるまでには時間がかかります。どんなものでも半年から1年近くかかります。だけど最後の最後には出てきます。最後に「それだ!」というものが出た時はすごいです。やっぱり見つかる時があるんですね。滅多にないですけど・・・
とにかく、ピアノを弾けるまでには練習が必要と同じですね。体得する必要があります。やってやってやりまくるとどっかで思いつくんですね。先ほど「ひらめき」「直感」という言葉が出ましたが、面白いことに本当に「ひらめき」はあります。
・感想ですが、川勝さんの夢というのはいろんな人生経験された中で、どっちかというと、どん底から生まれた夢という感じですよね。どん底まで追い詰められて、そこで初めて生まれてくるような夢で、我々が日常的に、生活の中で描くようなイメージとは違うように感じました。本物の夢を持つには、前提条件として、ある意味ギリギリまで追い詰められるような人生経験が必要なのではないかという印象を持ったんですけどもそれはいかがでしょうか?
⇒人それぞれだと思います。できたら追い詰められない方がいいですよ。私の場合たまたま夢工学という話の前に「成否研究」というモノをやっていました。成功するか失敗するかの何が原因かということを研究していて、それが「夢の存在」と思いつくのに、10年近くかかりました。時間がかかる人と、あっという間に思いつく天才的な人がいます。だから追い詰められなかったら夢が出てこないという言い方はしたくないですね。そんなことないと思いますよ。
・いわゆる成功した人っていうのは、平凡な人生の中での成功というのはあまりなくて、それなりのどん底を味わって、最終的に大きいことを成し遂げた人というのが、歴史に残る人だと思うんです。大きい落ち込みというのを耐えられたのが、夢があったから耐えられたのか、耐える中で夢が生まれたのか、そこら辺は鶏が先か卵が先か分からないのですけども、、、
・夢があってトップダウン的に、夢があればなんでも成功するみたいな、片方向じゃない感じがするんです。双方向で、経験の中から本物の夢が出てくることもあるし、逆もある。そこら辺が非常に微妙なところだなと思っています。川勝さんのお話も、すごい経験をされている中から、さまざまな夢やコンセプトが生まれてきたのかなという印象を持ちました、、、
⇒人それぞれだと思います。私の場合は辛い経験から生まれてきた場合が多かったんですけども、ユニバーサルやってた時とかは楽しいことがたくさんありましたので、そこからも面白いものが出てきています。「夢工学」はたまたま悪夢から生まれましたが、世の中で天才的な才能を持った人というのは、明るくやっているじゃないですか。将棋の藤井名人など、小さい時から好きなことを楽しくやって、ひらめきがどんどん出て勝ってるわけですから。そういう方もたくさんいますので、人それぞれだと思います。暗く考えないでいただきたいと思います。
追い詰められなければアイデアが出ないということは無いと思います。私はどうやってアイディアを出すかという指導をする場合、二つの方法でやっています。一つは「天才を探す」ことをやります。組織内外で天才的な才能のある人がいないか調べさせます。これと並行して「発想法を指導」します。デザイン思考はもちろん、ブレーンストーミングを教えたり、NM法とかKJ法、それからDEC思考も教えます。
天才という人はいるんです。こういう人は別にそんなに追い詰められなくても、藤井名人みたいに、どんどんアイデアが出て勝利しちゃうわけです。このような人をもっと使うべきだと思います。日本がリスキリングとかをやっても成功していない、事業革新が成功しないのは、天才的な人材を探して使っていないからだと思います。私みたいな凡才じゃなくて、もっと天才的なヒトはちゃんといるんです。この人を使うことです。是非とも探してください。男女問わず、年齢問わずいるんです。
・いろんな偉人とか成功者を見てみると、どん底を経験をして、どん底から這い上がってきた人が、世の中にない画期的なものを生み出して、成功していると思うんです。一方で、川勝さんのお話でホッとしたのは、そこまで追い詰めなくても、そこまでしなくても大丈夫です、という言葉を聞いてほっとしました。自分もそういう夢を実現する人間になりたいけれども、どん底は経験したくないというところがあります。だから川勝さんの言葉でホッとしたところがあります。
・プロジェクトマネジメントを勉強し始めた時もそうだったんですが、PMBOKやP2Mが生まれてくる前は、プロジェクトを成功させるには「経験・勘・度胸」が必要だ。だからライオンの子が谷底に突き落とされるように、一旦お前も谷底に落ちてみて、そこから這い上がってくる経験をして、ようやくプロジェクトマネージャーになっていくんだということに対して、いやいやそこまでの経験をしなくても、PMBOKとかP2M、いわゆるプロジェクトマネジメント手法を学べば、短期間でプロジェクトを成功させる方法を学ぶことができるんだと言われてきました。
・谷底に落とすというのは昔のやり方だと教えられて、PMBOKとかP2Mを学んできたと思います。この夢工学も、そういったものなんじゃないかなと、どん底に落ちるような辛い経験をしなくても、ちゃんと夢を実現させる手法だ、それを学んで、どんどん自分の夢を実現させましょうと、そんな風に理解しました。
・天才を探しましょうと言われたけど、天才を探すんじゃなくて、できれば自分が天才になりたい、でもどん底には落ちたくないから、夢工学という知識体系があるならそれを学びたいという風に思った次第です。
⇒是非ともそうしてください。誰も谷底に落とされて、そこから這い上がってくるなんて嫌ですから。それは私だって嫌です。夢工学を使ってうまくやってください。その時に一つだけ重要なことは、体験知というか、あるいは実験知というか、経験知というか、体を使うということです。試行錯誤が必要ということです。
結果的に成功した人が、過去を振り返って、どん底の話なんかをされますけど、本人に聞いてみるとそれほどどん底じゃない方も中にはいますから。どん底というのは、私の場合は妻が亡くなって辛い思いをしましたが、やっぱり家庭の辛さというのは無い方がいいですね。仕事でしんどい思いをするのは、人間社会ですから、ある程度は当然かも知れませんが、、、
・私は夢工学を推していて、共感するところが多いのですが、「夢工学というネーミングは最初はちょっと胡散臭いと思った」と言われましたけど、実は私もそう思っていて、夢工学を人に紹介するにも、ちょっと怪しそうだと思われるんじゃないかと考えてしまいます。何故そう思うのかと考えると、日本人というのは「夢を語るのが下手」というか、気恥ずかしい気持ちを持つとからと思います。海外経験も豊富な川勝さんは、特にアメリカ人が夢を語り成功させる事に対して、何か違和感は感じないのかなと思いました。文化の違いとか、考え方の違いとか、あるいは日本人はやはり発想が不得意とか、そういった日本人と海外の人の違い、決定的な違いとかについてどう感じられますか?
⇒日本人は「他人の声を気にする」、私はそれが大きいと思います。アメリカには5年いただけですので、他の国のことは分かりませんが、生まれ育ったのは上海で小学校1年生まで上海にいました。大人の世界まで知らないけど、中国人もアメリカ人に似てます。喋らなきゃ負けちゃう国ですから、そういう発信する力が強いんです。
「夢工学が胡散臭いなら、嫌なら、従わなきゃいいだろう、勝手にしろ」こういうのが中国人とかアメリカ人の考え方です。胡散臭いというのもおっしゃる通りで、別に失礼でも何でもありません。命名者は高松伸さんというすごい人で、その人が「夢工学がいい」と断言したんです。胡散臭いかも知れませんが、私は使っています。皆さんで中身をどんどんアレンジして、新しいモノを作って、広めていって下さい。とりあえず夢工学という言葉だけは高松さんがつけてくれたんで、今のところ変えるつもりはありませんので、よろしくお願いします。
・私は今子供を育てながら、いつ子供が本物の夢を持つのかなと興味を持っています。何がきっかけでそういう夢を持つのか、夢に辿り着くのかつかないのか、とかにすごい興味があります。どん底に落ちるという話もありましたが、それは必須条件ではなく、結局本物の夢を持つ人は、どん底の状態が起きたとしても諦めないという人だと思います。
・こういう川勝さんのノウハウを、今回で8回目でシリーズでやってますけども、もう少しメディアを使ってというか、どうやって価値を伝えるかも大きなテーマだと思っています。このノウハウの伝搬伝承で塾を開くとかして、もうちょっと広げる工夫をして頂きたいと思います。これだけのノウハウをどうやって後進に伝えていくか、もっと多くの人に広げなきゃいけないという気がしています。
⇒何かやってくださいませんか!
・プロマネの人材育成をやっています。基本的なコトとか実践とかの話をするんですが、基本的なことを知らない人がやっぱ
りいるんです。我々の時代は、何もわからないまま先輩の背中を見ながら物事を進めていただけでしたけど、世界が広がっていろいろなノウハウがあるけど、プロマネに関するノウハウもあるという中で、そのことすら知らない若者がプロマネをやっているんです。そういう人たちが同じような苦労をしているのを見ると、何故ノウハウが伝わらないのかと思います。ノウハウを「作る」まではやるけど、「伝える」ということに余り力を注いでいないような気がして残念に思っています。川勝さんの「夢工学」も伝える工夫に、「川勝塾」でも構いませんが、広げることにお力を出していただければと思っています。
⇒広めるということに関しては、現役時代にはいろいろやりました。ただし社会的な広がりまではいけませんでした。本も出版しました。大学で夢工学の講座もやりました。東京大学、中央大学、法政大学、亜細亜大学、直近では中国の大学でもやっていました。それから会社では、それぞれの会社で実際に応用してやってきました。おっしゃるような「川勝塾」みたいなことで、世の中に広げてスタンダードする、私はそこまでやる気がありませんでした。本職の仕事が忙しかったものですから。
今回こういう形で、PM界でこの「夢工学サロン」を発案して、広めて頂く、深めて頂く、ことは大変嬉しく思っています。皆さんに差し上げますので、是非とも引き継いでいただいて、中身もアレンジいただいて、自由に発想頂いて、名前だけは変えないで、The Total Project Engineeringとして世の中に広めていって頂ければと期待しています。
・夢工学も「工学」とついていますから、例えば機械工学とか電子工学とか人間工学なども、学会とか論文とか本とかありますが、「夢工学」もそのような新しい学問分野にできたらいいのかなと感じました。
⇒面白いと思います。これをもっと深めていただけると思います。特にこの夢から、認識計画・着想計画辺りのところをもっと学問的に追求して頂きたいですね。
・工学系の人はシーズオリエンテッドで作るのが得意で、経済とかマネジメントとかの先生は、いろんな社会の事例を分析してまとめるのが専門で、事例があってこういう結果に、こういう理論になる、みたいにまとめるのが上手いですね。そういう方にやっていただきたいですね。
⇒確かにそういう学問分野が生まれて、ちゃんと教育制度として伝えられるようになると、非常にいいなと思います。検討していきたいと思います(事務局)